なんてことない話

村山 夏月

『冗談』

 梅雨が明けたはずなのに、空気はまだ水を含んでいるようで、肌にじっとりとまとわりつく。

 午後の光は白くにじみ、アスファルトの上では遠くの景色が揺れていた。

 僕らは屋根付きのバス停に腰を下ろし、ベンチの鉄の冷たさにも気づかぬふりをして、取り留めのない話をしていた。


「なぁ、もし今の人生が、全部嘘だったらどうする?」


「なんだよ、それ。」


「いや、例えばさ。この人生は、蝶々が眠ってるときに見てる夢だったってことにしたら、どうなると思う?」


「は?」


「つまり、僕たちが見てるこの世界は全部夢で、本当は蝶々なんだよ。で、目が覚めたら、俺たちはその蝶になってるわけ。そうなったとき、その事実を受け入れられるかなって。」


「……それ、めちゃくちゃ怖いな。でもさ、もし誰かに“はい、今までの人生は夢でした”って言われたら、きっと言葉出なくなるよな。」


「だろ?『なんで?』とか『どうして?』とか、疑問だらけになってさ。で、最終的には――『もっと生きたかったな』って、思うんじゃないか。」


「そのセリフを思えるやつってさ、きっと幸せな人生だったんだろうね。」


「確かにね。」


「死ぬときの話でさ、ひとつ聞きたいんだけど…走馬灯って、あると思う?」


「死ぬ間際に流れる記憶のやつ?」


「そうそう。」


「んー、あるんじゃない?確かめようがないけど。僕はね、映画のエンドロールみたいに流れたっていいと思うんだ。」


「……それ、いいな。逆に俺は、今が走馬灯なんじゃないかって思ってる。」


「おもしろいこと言うね。立ち位置は違うけど、似たような視点かも。僕は『人生は嘘で、夢で、虚無だ』と思ってる。君は『人生はもう終わってて、今はそのエンドロールの途中』って考えてるんだね。」


「そう。元々ゼロだったってことに、気づかされるか、自分で気づくかの違いだよ。」


「僕らはさ、今を生きてるのかな。それとも……もう死んでるのかな。」


「わからない。でも、こうして君と話してるなら――どっちでもいいんじゃない?死んでても。」


「……うん。僕もそんな気がしてきた。」


「人生なんてさ、全部冗談だよ。」


 2人は顔を見合わせて、大笑いした。

 セミの声がいっそう強くなり、日差しが傾きかけていた。


 ひとしきり笑ったあと、バスがやってきた。


 ブレーキの軋む音とともにドアが開き、僕らは何のためらいもなく乗り込んだ。

 バスは、長い田んぼのあぜ道を、ガタガタと揺れながら走っていく。

 窓の外には、夏草の香りと、風に揺れる稲の緑。

 遠くをゆるやかに走る二人乗りの自転車、その影に重なるような笑い声。

 奥の山の向こうには、大きな入道雲がたなびき、その背後には、蒼く澄んだ空が、ただ静かに広がっていた。

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