第3話 まったく人生は奇想天外
そののち雪奈は、根性で簿記三級を勉強しなおし、見事合格したが、その時点で経理学校は辞めてしまった。
一方、私は簿記三級を合格したので、二級にチャレンジすることになり、無事合格したあと、経理学校を卒業することにした。
私は雪奈のことが、気がかりだった。
ワル男はまず、狙った女性に親切にし、もちろん金の話などしない。
女性がワル男に心を許し、信頼できる父親のような関係を築いた途端、身近な友人に「友達検査」ーこの友人が本当の友達なのかどうか、試す必要があるーと称して、相手が訴えるのを見越したうえで、恐喝まがいのことをさせる。
相手が訴えると、もちろん女性は悪者認定され、今まで同情をしていた相手からも去っていかれ、誰からも相手にされなくなる孤独な人となってしまう。
恵まれない子犬には同情心がわくが、子犬が悪事をしでかした途端に、同情から憎しみや疎外に変わり、可愛そうな子犬は社会の輪から外れた孤独な野良犬になってしまう。
そこでワル男は女性をうまく抱き込み、風俗などで金ツルにし、執拗につきまとうのである。
ワル男に魅入られた女性は、行き先は風俗行きであり、ストーカーの如くどこまでも執拗につきまとうという。
雪奈はいわゆる悪い子ではなく、純な部分のある寂しがりやであり、そこが付け入れられたに違いない。
街で十七歳の子を見るたびに、雪奈を思いだすのだったが、それが今、こんな形で再会するとは、夢にも思っていなかった。
雪奈は半年前よりも少し大人びて、柔和で温厚な表情をしていた。
私の方から声をかけた。
「雪奈。元気にしてた? あなたのことが気がかりだったのよ」
雪奈は、照れくさそうに頭をかいた。
「あのときは、迷惑かけたわね。今さらあの頃はごめんねなんて言ったって遅いわね」
崎原は、意外そうな表情で私に声をかけた。
「あれ、雪奈ちゃんと知り合い?
オレと彼女は同い年だから、友達だとしたら七歳上のお姉さんだな」
雪奈は、バツの悪そうな顔でうなづいた。
私は思わず
「雪奈ちゃんが、いろいろあったということは、私も見当がつくわ。
雪奈ちゃんは、世間の渦に巻き込まれ、ワナに引っかかっちゃったのよ。
このことは、女性なら誰にもありうるわ。
もしかして、一歩間違えれば私もそうなってたかもしれない。
でも、雪奈ちゃんはラッキーな方よ。
だって、ああいうワル男は女性を金ヅルにしてひもになり、ストーカーの如く執拗につきまとうのよね。
それこそどこへ引っ越しても、追いかけてくるストーカーだというわ」
崎原はうなづきながら言った。
「たしかに、雪奈ちゃんの例は、昔からよくある古今東西、女性を食い物にするひもの古典的定例パターンだよ。女性受刑者というのは、全員が男絡み、そのうち半数は既婚者だというな。
犯罪というのは、ほんの紙一重の差で、誰にでも起こりうること。
だから、神様にすがって生きていくしかないんだ」
隣で聞いていた藤堂牧師は、
「そうはいうものの、犯罪に一度手を染めた人は、なかなか元には戻れない。
十年以内にまた、再犯を犯すケースが多い」
四人掛けの席に座った、私と崎原と雪奈の三人は、思わずシーンと静まり返った。
藤堂牧師は、急に笑顔をつくり
「せっかくの再会なのに、これでは同窓会ではなくて、懺悔会みたいじゃないか。
この機会に、昼ご飯にトーストをご馳走するよ」
私は思わず、
「この店のカレー味のツナトースト、美味しいですよ。
今どき、ツナトーストを置いてある店って珍しいでしょう。
あっ、私は自分で払います」
藤堂牧師と崎原と雪奈は、いきなり手を組んで祈り始めたので、私もそれにつられて手を組んだ。
「神様。この食事が血となり肉となり、あなたの栄光をあらわすものでありますように。感謝して頂きます。アーメン」
そうかあ。同じ食事でも自分の食欲と飢えを満たすためだけではなく、神様のためなら、肥満から逃れられ健康になれそうだなあと痛感した。
藤堂牧師は、しみじみと言った。
「今から僕の過去をお話ししますね。
僕は小学校のときは野球少年だったけどね、ある日、担任の若い男性教師に、お前はヒール役になれと言われて、傷ついたことを覚えてるよ。
中学一年の終わりに、両親が離婚して、僕は母親に引き取られることになったんだ。まあ、その前に僕の親父は、家に帰ったり帰らなかったりの家庭を顧みない人だったけどね。
あっ、余談だが親父は僕が牧師になってからすぐ、亡くなったけどね。
母親は、今は元気でいるよ」
崎原は口を挟んだ。
「これで、藤堂先生の親父さんも後悔することなく、あの世にいったんじゃないかな。
まあ、僕の場合は世間体の悪いことを仕出かして以来、親戚とは、もう無縁に近いけどね。今から思えば、僕を育ててくれた親戚には感謝しているよ」
私は思わず、
「これで、崎原君の場合は、ハッピーエンドね。
ところで、雪奈ちゃんはどうなの?」
雪奈は急に涙を浮かべた。
「非常によくあるパターン。私はカフェで知り合ったワル男にだまされ、経理学校の友達を本当の友達かどうか、試して来いと言われ、あなたにカバンに傷がついたなどとおかしな言いがかりをつけてしまったの。
あなたが本当の友達ならそれをわかってくれる筈、でもそうでないなら、本当の友達なんかじゃないと唆されてたの。
そんなことって通用する筈ないよね。悪いことは悪いこと、それに友達同士でお金のやり取りなんてありえないわね。それに気づいたときは遅かった」
藤堂牧師は口をはさんだ。
「雪奈ちゃん。もうその先の悲惨な話は、ここでしない方がいいよ。
今は、同窓会なんだからさ、過去よりもこれからのことを話し合っていこうよ」
崎原もしみじみと言った。
「いくら過去を語っても、まさかタイムマシーンに乗って過去に戻れるわけでもないし、ワル男が謝ってくれて、更生するわけでもない。
暗い過去よりも、未来の光を探しにいこうよ。
今が昼間の太陽の光をあびていたら、過去の夜の暗闇にも星が輝くというものだよ。人は誰でも昔よりも、今と未来だけだよ」
雪奈は、思わず
「悪いことにも手を染めた私がこう言うと語弊があるかもしれないけど、昔があったから今があるんですね。
まあ、ワル男につきまとわれた挙句、麻薬中毒にならなかったのが不幸中の幸いですね」
藤堂牧師は、うなづいた。
「オレなんか、三回も刑務所に服役してるんだ。
ちなみに、刑務所内でパソコンなどの職業訓練を受けられる人は、全体の三割しかない。そして、刑務作業の給料はなんと、月給七百五十円。あくまでも時間給ではなくて、月給だよ」
私は藤堂牧師から初めて聞く別世界の話に、ただ唖然としていた。
「刑務所内で、自分が悪いことをしたと反省している人は、まあ千人に一人の割合だよな。あとは、みな社会が悪いと思い込んでいる。
昔は、前科二犯以上の人を、反社がスカウトにきたんだけど、今はもちろん、そんんなの通用しないよ。
だって、昔とちがって反社内でも、刑務所から出所した途端に破門だものな」
崎原は、うなづいた。
「オレも親戚から見放されかかったとき、これで行き場がなくなるのではないかという恐怖と不安に襲われたよ。
まあ、オレの場合は幸い芸能事務所にスカウトされ、Zファーストのアイドルグループでデビューしたけどね。
それから先、いろいろあったのは、マスメディアで掲載されている通りだよ」
藤堂牧師は話を続けた。
「最後の刑務所に服役したときは、なんと独房だった。
しかし私は、そこで昔の恋人が置き土産に置いていった聖書を読み始めたんだ。
聖書の御言葉は、今まで読んだマンガと違ってなぜか心の奥にある魂を揺さぶるものがあったんだよ」
雪奈が口を開いたあと、聖書を開いて読み始めた。
「私も読んでみて、ハッとしたあと、救いを感じたわ。
旧約聖書のエゼキエルの預言の18章21節から22節でしょう。
『しかし、たとい罪を犯した者であっても、自分の犯した罪を離れ、私のすべての律法を守り、公正と正義を行うなら、死ぬことはなく、必ず生きる。
彼が犯した過去の罪はすべて忘れられ、正しい生活によって生きるようになる』」
今度は、崎原が聖書を開き、続きを読み始めた。
「続きであるエゼキエル預言の18章から23節から24節だよ。
おれの大好きな御言葉だけどね。
『主である神は仰せられる。私は、たとい罪を犯した者であっても、その人が死ぬことを喜ぶだろうか。彼が悔い改めて、生きるようになることを喜ぶ。
しかし、正しい人が正しい生活をしなくなり、罪を犯し続けるようになるなら、はたして生きることができるだろうか。
以前、彼がしていた正しい生活は忘れられ、彼の不信仰と犯した罪のために死ななければならない』」
藤堂牧師は深呼吸して言った。
「私はこの御言葉により、更生できたのです。
私ですら更生できたんだから、ほかの人ができないこともないはず。
そう信じて更生活動をしているんですがね、現実は厳しい。
また、元の罪の生活、覚醒剤や窃盗癖に戻る人が半分なのが現実です。
しかし、イエス様はいつもどこかで見ていて下さるんですね」
ああ、いい話だなと聞いていると、なぜか私の足下にカバンが当たるのを感じた。
見ると、あて先はなんと藤堂牧師宛てになっている。
私は、カバンごと藤堂牧師に渡した。
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