Excel脳で異世界領主やってます

@blue_forest

第1話「さようなら社畜、こんにちは辺境領主」

目が覚めたら、天井が木だった。


 いや、正確には「木の板むき出しの天井」だった。

 なんというか、昭和の民宿みたいな雰囲気……いや、それより古い。畳もなければエアコンもない。代わりに、干し草と土の匂いが鼻を刺してくる。


「ここ……どこだ……?」


 思わず口に出た。喉がカラカラで、自分の声もガラガラ。

 体を起こそうとした瞬間──


「いった!! 腰いわした!?」


 背中が痛い。寝違えたとかそういうレベルじゃない。これはアレだ、徹夜でオフィス椅子に丸まって寝た後の激痛。


 でもおかしい。昨日、いや、たしか……俺は──


(……あ)


 思い出した。

 昨日も三案件同時進行で、納期も被ってて、部下はパンク、上司は無茶ぶり、営業資料と見積書とパワポがごっちゃになってて──


 そして、朝礼中に。


(俺、倒れたんだ……)


 まさか、あれが「人生終了のお知らせ」だったとは。

 ブラック企業ってのは、時に本当に人を殺す。


 ……でも、だったら。ここ、どこ?


(死後の世界にしちゃ、妙にリアルなんだが……)


 混乱しながらも、部屋の隅にあった磨かれた銀の皿を手鏡代わりに覗き込んで、俺は固まった。


 そこに映っていたのは、どこの誰かも知らない、美少年だった。


 栗色の髪。整った顔。肌もツヤツヤ。目元はキリッとしてるし、目つきも凛々しい。

 ──誰? これ。


「いやいやいや……これは夢……? VR……? なにかの壮大なドッキリ?」


 混乱していると、扉の向こうから声がした。


「……レオン様? お目覚めですか?」


 開いたドアから現れたのは、金髪の少女。

 メイド服っぽい服を着た、可愛らしい女の子だった。小柄だけど気品があって、アニメでよく見る「ヒロイン枠」にいそうなタイプ。


「……はい?」


「わたくしはアリシア。レオン様の侍女でございます」


「れおん……?」


「はい。領主様、ご気分は……?」


「りょ、領主……?」


(ちょっと待ってくれ。今、俺、領主って言われた?)


 事情を整理すると──こういうことらしい。


・俺は「レオン・アルバード」という18歳の若き辺境領主

・10日前、馬から落ちて頭を打って昏睡状態に

・両親(先代領主夫妻)はすでに亡くなっており、俺が当主

・そして、ここは「エルトナ王国」の北の果て、「フェルネ村」


 ──つまり。

 俺はどうやら、異世界転生したらしい。


(あー……まさか、これ、そういうやつか……)


 いわゆる、アレだ。「転生したら異世界でなんやかんやするやつ」。

 ラノベでよく見る、チート無双とか魔法で成り上がりとか。

 でも俺にあるのは──


「社畜スキルとExcel脳だけだぞ!?」


 ステータス画面も出ない。スキルも魔法もなし。

 でも領地と村人と、めっちゃ荒れた村の現実はある。


 アリシアに案内されて、村を見て回った俺は、愕然とした。


 畑は痩せている。

 水路は詰まってて機能してない。

 家は半分崩れてる。

 村人たちはガリガリで、目が死んでる。


(これ……やばい。てか、地獄か?)


 インフラゼロ。労働力もボロボロ。で、税率は?


「収穫の……五割、でございます」


 アリシアが申し訳なさそうに告げた。


(……バカか!?)


 そんなんで生きていけるわけないだろ。

 食料の半分持ってかれて、残りで生活しろって……

 俺の感覚で言うと、月給15万円で手取り7万、そこから家賃と飯と光熱費引いて「今月の生活費:2000円」みたいな話だぞこれ。


(なるほど。これは完全に「赤字領主」案件だ)


 とはいえ、嘆いても始まらない。

 今さら辞退もできないし、異世界転生ってのはノーリセットの片道切符だ。


 だったらやるしかない。

 社畜根性とExcel脳で、この地獄案件、立て直してみせようじゃないか。


 その日の夕方。俺は村人たちを広場に集めた。


 みんな、不安げな目をしている。そりゃそうだ。

 今までの領主は放置プレイだったらしいし、俺も10日寝たきりの若造。

 信用なんか、最初からゼロだ。


 けど、知ってる。こういう時に必要なのは「具体的かつ短期的なメリット」だ。


「いいか。俺がここを立て直す。だから……まず、税を三割に減らす!」


 どよめきが起きた。

 誰かが、「でも……」と呟く。


「その代わり、みんなにも協力してもらう。畑を改良する。水路を掘り直す。作業は分担する。効率も見直す。──全部、計画済みだ」


 とっさに土の上に「なんちゃって工程表」を描く。

 日程、担当、資材、作業手順。かつて深夜のオフィスで何十回もやったあの地獄作業──スケジュール表の地獄──の再現だ。


(手書きWBS。まさか異世界で役立つとは……)


「俺は、“皆がちゃんと食える領地”を作る。それだけだ。──協力してくれるか?」


 しばらくの沈黙のあと、誰かがうなずいた。

 それに釣られて、ぽつぽつと手が挙がっていく。


(よし。第1ステップ、突破)


 その夜、アリシアが風呂の準備をしてくれていた。


「……レオン様、少し、変わられましたね」


「そりゃまあ、頭打ったからな……いや、むしろ覚醒したと思ってくれ」


「ふふ。……では、お背中、お流しいたしましょうか?」


「いやいやいやいや!? 風呂は自分で入れる! 入れるから!?」


 これが異世界式おもてなし……なのか……?


 心臓が無駄にバクバクしてしまったが、

 俺はただ一言だけ、湯気の中で決意を口にした。


「よし……やってやるよ、異世界。俺のExcel脳、舐めんなよ……」

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