それぞれの背信

エルレッタ=アーロンは、司令棟の中央、簡素な演説台の前に立っていた。

 左肩には未だ傷の違和感が残るが、その足取りに迷いはない。


 前に集まる兵士たち――彼らは、ただ静かに彼女を見つめている。


 「……私は、これより帝国への忠誠を放棄します」


 その一言で、空気が揺れた。


 「この戦いは、祖国を裏切るものだと言われるでしょう。

 ですが、私は言いたい。仲間を殺せと命じる国に、私は従えない。

 それがたとえ、私の育った故郷であっても――もう、“味方”ではないと、私は判断しました」


 ざわ……と、一部の兵士が動揺を見せる。


 「おい、マジかよ……」


 「反逆者として名を刻む気か……?」


 「ついていけるか、こんな状況で……!」


 そのとき――少佐が一歩、前に出る。


 「動揺するのは当然だ。俺も、最初はそうだった。

 だが、俺はこの目で見た。帝国が“仲間”を捨てようとした瞬間をな」


 彼は強く、堂々と告げた。


 「俺は、エルレッタの判断に従う。軍の理屈じゃない。――人として、だ」


 次いでアッシュが進み出て、両手を広げて笑った。


 「……今さら“国家”がどうのこうの言っても、俺たちには仲間がいる。

 戦って、守って、傷だらけになって……それでも隣に立ってくれた仲間が。

 だから俺は、エルレッタの“剣”になる」



 その夜。軍の一角では、静かに密命が交わされていた。


 「……対象は“エルレッタ=アーロン”。

 情報部より極秘任務。首に懸賞金五千万。内部に入った協力者が既に動き出している」


 「なるほど……」


 その声に頷いた男は、通称“黒の矢”と呼ばれる帝国直属の影武者だった。


 「裏切り者は、裏切り者らしく終わらせる。――粛清の時間だ」


 その頃、エルレッタたちは、まだその存在に気づいていなかった。



 そして、帝国本部。別室の一角で、かつてアッシュと共に戦った男――カインは、静かに座っていた。


 前に置かれたのは、帝国から届いた新たな命令書。


 【カルナ=アッシュ 排除】

 【命令遂行の期限:三日以内】


 それを見つめながら、カインは拳を強く握った。


 「……やっぱり、来たか」


 部下が一人、そばに立って言う。


 「隊長。命令通りなら、カルナ=アッシュは今日中に処理すべきです」


 「できると思うか?」


 「……いえ、正直、無理です。あの人を撃てる人間は、ここにはいません」


 カインは静かに目を閉じた。


 「なら、選ぶしかないな」


 「……選ぶ、とは?」


 「“国”か、“あいつ”か――じゃない。“自分”か、“嘘”か、だ」


 立ち上がったカインは、命令書を破り捨てた。


 「……俺は、アッシュを撃たない。むしろ――共に戦う」


 「た、大隊長、それは――」


 「帝国に従ってる間に、何人の仲間を見捨ててきたと思う?

 もう、これ以上自分を偽れない。俺は、アッシュと共に“反逆者”になる」


 カインの瞳には、決意があった。



 一方その頃、セルジュは医務棟に座り、静かに自分の義腕を眺めていた。

 フレイが隣に座り、小声で言う。


 「みんな、覚悟を決め始めてる」


 「……そうだな」


 「怖い?」


 「怖ぇさ。けど、あの女(エルレッタ)が一人で立ってたんだ。

 俺らが後ろで見てるだけじゃ、情けねぇだろ」


 「……そうだね」



 その夜。エルレッタは医務棟の屋上で、一人空を見上げていた。


 アッシュがそっと隣に立つ。


 「まだ……迷ってるか?」


 「いいえ」


 エルレッタは静かに微笑んだ。


 「私は、やる。もう二度と誰も見捨てたくない。

 それがどれだけ大義に背こうと、“自分”を裏切る方がよっぽど怖い」


 アッシュはその言葉に、ふっと息を吐いた。


 「……なら、俺も迷わない。君の隣に立つ。何があっても」



 そして、翌朝。

 黒の矢の一人が、密かに基地内へと侵入していた――

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