第11話 〔黒崎〕

東京に来てから数日、西岡さんの家に居候させてもらっている。バイクの本格的な整備をする為のショップを教えてもらったり区役所に連れて行ってくれたりなど色々協力してもらえている。子供には恵まれなかったというみたいで、西岡さんも奥さんも僕のことを息子みたいに可愛がってくれているようだ。父親がいるみたいでなんだか不思議な気分。いつも家にはばあちゃんと母さんだけで大人の男は学校の先生くらいしか付き合いがなかったから新鮮な気分。


…母さんには「推薦で関東の大学行けるかもやから泊まり込みで見学してくる!」と伝え抜け出してきた。隠したいであろう家族の過去を、自分の息子が単身都会に乗り込んでまで調べに行ったなど聞いたらヒスり散らかして大変なことになるだろうから。一応ばあちゃんにはガレージの先輩越しに手渡しで手紙を送っている。天然なばあちゃんだからどこかで母さんにバラしてしまってたりするかもだが、現状報告を全くしないのも不孝者だろう。


ノートいっぱいに入手した情報や写真をまとめ、線を引いていく…まるで探偵のようなことをしている。区役所の届けから父の死んだ日を割り出して、そのまま図書館に行き当時の新聞を片端から見返していく。

…数日して一つ見つけた、東名高速で速度超過した改造車が単独事故を起こした記事。小さな小さな隅の方を埋めるように書かれた記事。解像度の粗い写真から比較的残った車のリア部分が見える…スカイラインのもの?東名で事故を起こしたスカイラインといえば西岡さんの言っていたアニキを思い出す。たまたま一緒の日だったのか、この記事は父ではなくアニキと呼ばれる人の事なのか。


…父とアニキは同一人物なのか?


偶然にも程がありすぎる。まさか、そんなはずあるわけ無い…だけどそのまさかが本当だとしたら…長い間西岡さんが追い続けているアニキの正体が分かったと喜ぶだろうか。いや、むしろ何年も通い詰めた走りの世界から遠ざけてしまうようなことになるだろうか。


「どうしたの?なにか分かった?」


奥さんが声をかけてくれた。丁度いい、本人に聞かねば分からないが本人に聞くのもまずいことだ。一番近くで西岡さんを見てきた奥さんならなにか手がかりを持っているかもしれない。手がかりになりそうなもの…分かりやすく確実な…写真だ!


「すんません、16〜7年前のアルバムとかあります?西岡さんが走りに行ったときのやつとか…」


「ん〜そんなピンポイントか分からないけど持ってくるわね。何か見つかるといいね。」


少しかび臭いアルバムのページをめくっていく。海外旅行の写真、クリスマスの銀座の写真、旅館の浴衣姿の写真…初代フェアレディZと写る西岡さん…この辺りからだ!舐め回すように写真を一枚一枚見ていく…


「あ、これアニキさんだわ!懐かしいわね。…え?」


「…ぁあっ……ったぁ…」


鉄仮面スカイラインとフェアレディZを横につけてボンネットに座ってるツーショット。若くてヤンチャそうな西岡さんの隣に座る男を奥さんはアニキと呼んだ…手元のノートに挟んだ家族写真と見比べる。間違いない、アニキは僕の父だったんだ。

驚愕と達成感で手が震えて姿勢を保つので精一杯だ。ノートに雫がボトボト落ちていくが汗なのか涙なのか…そんなことはどうでもいい。長らくかけていたピースがようやっと一つ埋まった。あともう一つ、姉を探し出せれば…


タイムリミットはじわじわ迫っている。あと一週間で8月が終わる。宿題も親の信用もかなぐり捨てて東京まで来たんだ。中途半端で終わらせられない、やり切らねば…!


震える手を抑えながら繋がった点と点を一通りまとめて、その晩いつも通り僕は西岡さんのZ31と夜の首都高にでていった。アニキが自分の父だったことをぼくはまだ西岡さん本人に言っていない。いつ言えばいいのか分からない、その漠然とした答えはあいまいな夜の時間に聞いてみようか。


……Z31とつるんでC1に出てしばらくしてから。後ろからものすごい勢いで追い上げてくる車が1台いる。紫のR33GT-R、音から違う。RB26とは思えないほど高回転の音に暴力的な吸気音。はっきり分かる化け物だ。西岡さんが一気に踏み込んだのがわかる。僕も追いつけるところまで追ってみようか、CBRのスロットルを捻る。嘉田さんのショップで整備ついでにCPUをいじってもらった、やりようじゃ300km/hに肉薄できるだろうとのこと。エンジンの回転フィールが滑らかになった気もする、値段以上のこともしてもらえたのだろうか?


超高速の空間、時間は止まる。底しれない馬力を路面に伝え前に前に…R33はどんどん前へ、そのままZ31も抜かしていく。西岡さんのZ31は600馬力の超高速セッティングだ。それを悠々と上回っていく様子に追いつけないとはっきり分からされた。紫色の化け物はそのまま消えていってしまった。


Z31のウインカーに従ってPAへと入っていく。取り敢えず休憩、今日はここまででいいかもしれない。しかし、あの紫のR33からはなんとも言えないようなシンパシーを感じた…

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