第8話 〔黒崎〕
──夏、大阪湾岸線
僕は大島先輩のいる大阪の工場に一週間の居候の後トラックで送ってもらえることになった。昼間は工場の雑用を行いつつ夜はいつも通り夜に繰り出していた。高速道路は凄い、田舎道より道が広くて信じられないほどに長いのだ。
リミッターカットでメーター読み255km/h。学生がよってたかって何とか形にした故か雑誌で読んだカタログスペックの290km/h前後には遠い。しかし僕には十分だった、ダイレクトに感じる風の心地と圧倒的な速度体感が凄まじい。もっとお金を貯めてちゃんとした所に出せばこれより速くなるのだろうかと胸を躍らせつつ今日も湾岸線の終端まで走り抜いく。
「健吾!今日いくぞ!」
日が昇る前、午前四時。大島先輩の声で朝帰りの眼を擦りながらすぐに用意を済ます。真夏の早朝は少しひんやりしていて特別な感じ、旅立ちのそわつきがそれを一層強く感じさせてくれる。荷台に荷物とCBRを積み込んで、トラックは東京へと向かい始めた。
「大島先輩、積み荷はなんですか?」
「Z31の手曲げマフラーや。お客がうちのやないとアカンっていいおるから工場長頑張って作っとんねん。実際パワー出るし何より音がええ。」
「いい音するとやる気でますもんね。」
名神高速から東京に向かい始める。結構かかるから寝るように促されたので目をつむると、意外と疲れていたのか意識はすぐ闇に落ちた。
夢の中で、何か漠然としたものを感じた。エンジンの音?直4だろうか、でもシビックのものじゃない。そこまで高くないしバックタービンの音も聞こえる。もっと昔に聞いたような懐かしい音…覚えはないけど随分と身近に感じられる記憶…昔のスカイラインだろうか、きっとそうだ。似た音を聞いたことがある。でもそれよりも前に聞いたことがあるような…
「健吾!そろそろ朝メシにしようや!」
またも大島先輩のデカい声で目覚めると完全に知らない土地に来ていた。漠然と感じる「あぁ、遠くに来てしまったのだな」という妙な不安と興奮に身が包まれる。近くのSAへトラックが入ると中の食堂へ向かった。そこそこ人がいる。午前7時、まだ観光客より仕事人のほうが多い。美味そうなのかそれなりなのかよく分からない香りの中適当に食券に並ぶ。高速で右から左にメニューを読み上げていって焼き鮭の定食にした。
「お前遠慮せんでええんやぞ?おれラーメンなのに。」
「いや朝からはキツイっすよ。」
ただこの時間に食うラーメンは美味いだろうなとも思う。しかし知らない土地に来てしまった怖気が普段と違う行動を拒んでしまって、結果無難なものを選んだのだ。それでもよく焼かれた鮭と麩の浮かんだ味噌汁はしみるほど美味しかった。食べ終わればまた高速を行く。今度は東名、真っ直ぐの道路を一定のスピードで巡航するだけだ。
「…この辺からやな。」
「どうかしたんすか?」
「昔な…」
大島先輩が西岡さんという人から聞いた話らしい。今日運んでいるマフラーも西岡さん宛だという。かつて行われていた東名レースのこと、西岡さんが慕っていた"アニキ"という人物が死んだこと、今もその残像を追って走り続けているということ…
掴みどころ無いものを探すために夜走り続けていることに親近感を抱きつつも大島先輩は続ける。
「正直アホちゃうかとは思うで。走ってたら死んだモンが生き返るなんてことあらへんわな。」
「でもイキリでは無いな。本気やであれ、一生やり続けるやろな。」
一生…やけに胸に残った。自分はどうだろうか。刹那的な解放感を求めて走り続けている、夜に逃げている。でも違うのではないだろうか、夜という虚像の世界に求めつつも現実にはしっかり目を向けねばならないのではないだろうか…
「あんま難しいこと考えててもしゃーないで、ほれ東京やぞ。」
案外深くなくてもいいのだろうか…どちらにせよ逃げの選択肢は好ましくない、どうやって生きるうちで満足できるのか考えねばなるまい。
高速から降りると背丈の高いビル群から少し離れた工場の続く場所に。大阪の工場の所と少し雰囲気は似ているもののちゃんと違うところだなとわかる雰囲気がある。
「おっさん!頼んでたんもってきたで〜!!」
呼び声とともに荷台を開けてリフトで荷物を降ろしていく。降ろしている最中に開いた扉からおじさんとだいぶ弄っているであろうZ31がチラリとみえた。
これが僕と西岡さんとの出会いだった。
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