第4話 〔西岡〕
今日も今日とて首都高を飛ばす。L型6気筒の心臓を持ったZ31で俺は200km/h前後のスラロームを繰り返していた。時刻は午前一時、車通りが少なく遅すぎる時間帯でもない。一瞬のオールクリアを狙って300km/hまで加速するのも今のように流すこともできるこの時間帯が好きだ。
最近は本当に速いやつが少ないように思う。取り敢えずターボをぶち込んだり、直管マフラーに変えて下品な爆音を振りまいたりなど目立ちたいだけな頭の悪い連中ばかりだ。真にこの超高速を共有し、時間すら歪むような感覚の中で惹かれ合うような…そんな走りのできる相手はとっくに皆降りていってしまった。
純粋に速さを求める走り屋はもう絶滅危惧種なのだろう。ここまで真面目にエンジン組んで、誰かと馴れ合うことも無理に突き放すこともせず淡々と走り続けるようなのは多分自分くらいだと思う。
「…みねぇビーエムだな。」
やけに元気のいい白のBMW M3がこちらを追い上げてくる。音からするにまだ純正、最近走り始めたのだろうか…?下手くそって言う訳じゃないが特別上手くもない。しかし感じ取れる、あのM3はこちら側に来ようとしているのだと。ならば教えてやらねばならない。首都高の走り方を、チューンドの世界を…
4速のまま引っ張り続ける、リミットの9000回転ギリギリまでスロットルを踏んでいく。200km/hからでもZは息苦しさを見せず、ぐんぐん速度が伸びる。20年前のエンジンを載せているとは言えツインターボにインジェクション化、ECUチューンとできる全てのことをしてある車だ、格が違う。
しかし相手も流石BMWと言ったところ、じわじわ離されていくとは言え粘っている。外車の持つポテンシャルの高さを再認識させられる。
だがこの世界に来るならたとえ初心者であろうと容赦はしない、きっちり撃墜する。5速に入れるとZのマフラーからミスファイアが飛び散ると同時にさらに加速していく。10秒もすればバックミラーからM3は消えていた。
明確な格の違い、馬力もトルクもパワーロスの低さもすべてにおいてこのZが勝っている。車体と機械の寿命をいくらか縮める代わりに性能の天井をぐんと引き上げる。想定された領域以上のパワーを引き出しつつ車が死なないバランスを探していくのがチューニングだ。闇雲にパーツへ金をかけたりパワーを上げたりというわけじゃない、言葉通り調律を繰り返して"本物"へしていくんだ…
「ふぅ…」
夜は長い。毎晩大体3時間くらい走り続けるがぶっ通しというわけではない。長時間の運転は集中力を欠くし、何より長時間バケットシートに座っていたら腰が痛いのなんの…もうそんな歳である。ベンチに腰掛けて自販機で買ったコーヒーを嗜んでいるとさっきのM3が入ってきた。久しぶりに波長が合いそうだったのだ、どういう奴が乗っていたのか気になる。
「よぉ、はじめましてだな。さっきつばさ橋でみたよ…って若いんだな。てっきりビーエムだから金持ったオッサンかと…」
「一応社長なんです、外資の。はは…駄目でしたね〜全然追いつけなかったですよ。テクも車も全然レベルが違う、すごいですね。」
「まぁずいぶん昔から走ってるしな。時間をかけて車を作り上げて、染み付いた経験に物を言わせて走ってるようなもんだから当たり前と言っちゃ当たり前だよ。」
その後いくらか話し込んだ。いいチューナーの話や首都高の走り方、最近のレースの話など世代も違うし若くもないのに俺等は少年のように語り合った。お互い生きる世界は違っても惹かれ合うものがあったのか話題は途切れることを知らずとても盛り上がった。
「そうだ、名前聞いてなかったな。俺は西岡弘継ってんだ。」
「どうしたんですか急に?それに一応社会的にも名前出すと不味くて…」
「爆走してる時点でもうアウト側だって!それに…名前聞かなきゃ思い出が虚像みたいになっちまうだろ?」
証拠のない思い出を確かなものにする要素の一つが人の名前だ。確実に存在した誰かを示す大切な記号。もしそれを知らなければ今日のことも彼のように…アニキのように虚無に飲まれてあやふやになってしまうような気がしてならない。別に今後つるんだり交友を持つわけではない、でも知っておくべきだと感じる。たった今晩だけの関わりだったとしても…
「長谷蔵……長谷蔵源二です。」
「えぇ?!長谷蔵会長の息子の?凄えな…ますますなんでこんな事してるんだよ?」
「探してるんです、紫のR33を。」
色々聞けば、やたら速いミッドナイトパープルのR33に想い人が乗っているらしくて、その彼女の見ている世界を知りたかったとのこと。そんなに速いというのなら一度くらい見るはずだけどなぁ…と俺は首をかしげる。自分が普段見かけるR33は大抵白色、紫なんてドギツい色は見つければすぐ分かるだろう。
「まぁ分かった。次会えるときまでに見つかると良いな。」
「ええ、ありがとうございます。」
社長はまだ休憩していくようで、俺は先にSAを出た。結構時間が経っているし今日はもう帰ろうかと環状に乗って少しした時、後ろからものすごい速さで追い上げる車が1台。感覚で分かる、中途半端でも初心者でもない本物の走り屋だ。
このエンジン音はRB26、GT-Rだ。色は紫…まさか!?
噂をすればと言ったものだが突然にもほどがあるだろうと思いつつ慌ててアクセルを踏み込むがもう遅い。閃光のように横を通り抜け、紫のR33はどこかへと消えていってしまった。間違いない、さっき聞いた例の想い人だろう。社長と一緒に出ていればちょうどよかったなぁなんて思いつつ別の感情も刺激される…
アニキの残像にR33の軌跡が重なるのだ…何故かはわからない。あのGT-Rに乗る人間が特別に俺と惹かれ合うのか、はたまた想像もしないような縁があるのか…
もう車が増え始めてくる時間だ。追うことはかなわないだろう、しかし不思議に分かる。また会える。気づけば後ろに居て颯爽と抜いていくのだろう。
相変わらず夜の幻想に脳をやられているのだろうか…しかしいつもと違う、夢のような曖昧な感覚ではない。追い求めていたピースがピッタリとはまるような感覚。虚像が実像へとなり始めている様ないつもに増して奇妙な感覚。確実に何かが変わってしまった。不思議な感覚に包まれながら俺は自分のガレージへと帰っていく…
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