狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~

木下望太郎

序  安倍晴明は二人いた

 世に隠れなき大陰陽師、安倍晴明は二人いた。

 ――と書けば、いかにも珍奇な説に聞こえるが。実のところ、二人の名が伝わっているのだから仕方がない。


 『尊卑分脈』における安倍氏系図を始めとする史料においては多く安倍「晴明」と記され、説話集『今昔物語集』においても同様である。

 一方、古浄瑠璃『しのだづまつりぎつね並ニあべノ清明出生』といった芸能方面。また、安倍家の子孫たる土御門家の配下である、民間陰陽師の伝承においては安倍「清明」の名が伝えられている。説話集『前太平記』にも「安倍清明」と記されており、『三井往生伝』『三国伝記』にあっては「清明といひて神の如くなる陰陽頭」とされている。


 そればかりではない。安倍セイメイの表記が二通りあるように、その幼名もまた――無論、歴史上の記録に安倍晴明の名が初めて確認されるのは彼が四十歳の折である。ここでいうのは伝承上、説話上における幼名――二通り確認できる。「童子丸どうじまる」そして「尾花丸おばなまる」。安倍セイメイは二人いた――そう示すかのように。


 ――しかしである。実際のところ「晴明の伝承と清明の伝承」「童子丸の説話と尾花丸の説話」これらについては内容の重なる部分が多い。結局、伝承は一つでしかない。

 一つの伝承、二つの名前。なぜそんなことが起こり得たのか。なぜ一つの説話を二人の名前で伝える必要があったのか。


 ――つまるところ。

安倍セイメイは二人いた。「二人で一人の安倍セイメイ」が。

 そして、そのうち一人の存在は。余人の目には見えなかった。


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