第9話 俺、治療されて現実に引き戻された
ギルドに戻ると、すぐさま職員たちが慌ただしく動き出した。
「回復魔法士を呼べ!」
誰かが叫ぶと、白衣をまとった男が駆け寄ってくる。
「傷が深いな、すぐに治療を!」
男は俺の足をじっと見つめ、呪文を唱え始める。淡い光が足元に広がり、じわじわと温かさが染み込んでくる。
「……お、おい、何を……?」
俺は思わず身を引きそうになったが、光の心地よさに動けなくなる。体の奥深くからじんわりと痛みが和らぎ、みるみるうちに足の傷が塞がっていく。
「これが……回復魔法ってやつか……」
目の前の光景に唖然としながらも、現実にしっかりと体が治っていくのを感じる。
ありがたいことに光に包まれているから再生する際のグロテスクなところは見えなかった。
「治療は終わりだ。もう動いても大丈夫だぞ」
そう告げられ、恐る恐る立ち上がってみると、まるで怪我などなかったかのように足が軽い。
(すげぇ……これが魔法の力かよ。現代だったら医療革命どころの騒ぎじゃねぇな)
受付嬢の元へ戻ると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「お疲れ様でした。まずは討伐の証拠を確認しますね」
俺は討伐証明となる牙や爪を渡す。彼女は手慣れた様子で確認を終えると、ようやく報酬の袋を差し出した。
「こちら、今回の報酬です」
袋を受け取りつつ、俺は内心で苦笑いする。
(これだけ痛い思いしたのに、結局こんなものか……まあ、冒険者ってそういうもんだよな)
「今回は本当にありがとうございました。無理なお願いをしてしまって、申し訳ありませんでした」
受付嬢が深く頭を下げる。その姿に、俺は少し驚いた。
「いえ、まあ……俺も、自分で判断して受けた依頼ですし。次はもっと慎重にします」
彼女は安堵したように微笑んだ。
「それでも、よく戻ってきてくれました。本当に良かったです」
「……まあ、運が良かっただけだ」
さりげなく敬語をやめながらもそう答えて、その場を後にする。宿に戻り、自室のベッドに倒れ込む。足の傷は完全に治っているものの、心の疲労は重くのしかかる。
(……今日の戦い、間違いなく俺の慢心だったな。レベルが上がったからって、調子に乗って高難度の依頼を受けた結果がこれだ)
そして、あの黒い靄のような力。黒閃。ステータスに残るあの不気味なスキル名と文字化けの説明。
(アレは……いったい、なんなんだ……)
思い返すたびに、手のひらにじわりと汗が滲む。明らかに常軌を逸した力。そして、クラスが“???”になっていることも不安の種だ。
(今のままじゃ、まだ使う気にはなれないけど……いざという時には、頼らざるを得ないかもしれないな)
深いため息をつきながら、俺は枕に顔を押し付ける。
「……とりあえず、今は堅実に金を稼ぐことを考えよう」
そう心に誓いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
──翌朝。
窓の外から聞こえる鳥のさえずりで目を覚ます。昨日の疲れは不思議と残っておらず、体はすこぶる軽い。回復魔法の効果なのか、まるでリセットされたような気分だ。
「……さて、今日はどうするかな」
俺は宿の味気のない朝食をとりながら、昨日の出来事をぼんやりと思い返していた。ギルドに顔を出すべきか、それとも武具屋を覗いてみるか。
ふと、隣の席で話す他の冒険者たちの声が耳に入る。
「聞いたか? 昨日、鉄級の新人が、凶暴化した野犬の群れを一人で討伐したらしいぜ」
「鉄級で、あの野犬相手に!? それはすげぇな……」
俺は思わず苦笑する。
(いや、俺のことじゃねぇか……)
冒険者たちの噂話を背に、俺は席を立った。今日からは、慎重に行動する。無茶はもうごめんだ。
「……まずは、もう少し情報を集めるところからだな」
そう呟いて、俺はギルドの方へと歩き出した。
ギルドの扉を開けると、昨日とは違い、落ち着いた空気が漂っていた。受付嬢が俺に気付き、軽く会釈をする。
「クロスケさん、おはようございます。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「情報収集をしようと思ってさ。依頼の情報を見せてもらってもいいかな?」
受付嬢はにこやかに頷き、依頼掲示板の場所を案内する。
「こちらになります。もし分からないことがあれば、いつでもお声掛けくださいね」
俺は掲示板の前に立ち、じっくりと貼り出された依頼を眺める。簡単そうな荷物運びから、討伐系の依頼までさまざまだ。
(次は慎重に……まずは、無理のない依頼から始めるべきだな)
依頼内容を一つ一つ確認しながら、俺は心の中で静かに決意を固めていった。
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