第4話 俺、異世界で初めての旅に出る
──翌朝。
まだ薄暗いうちに目を覚ますと、遠くで馬のいななきが聞こえた。どうやら、商人の馬車が村に到着したらしい。
宿の扉を開けると、すでにラウルが外で俺を待っていた。相変わらず爽やかな笑顔だ。ほんと、朝から元気だなこの人。
「おーい、クロスケ。準備はいいか?」
「ああ、なんとか。筋肉痛がまだ残ってるけど」
体のあちこちがギシギシ言ってる。でも今日は出発の日だ。泣き言は言ってられない。
「よし、じゃあ行こうか。……ああ、そうだ」
ラウルが腰から剣を一本取り出し、俺に差し出してきた。
「これは……?」
「前に話しただろ?お前に合いそうな得物を鍛冶屋に頼んでおいた。重さも長さもそこそこだ。木剣の次のステップにはちょうどいい」
俺はそっとそれを受け取る。黒鉄のような色をした簡素な剣。飾り気はないが、妙に手にしっくりくる。
「ありがとう。……大事にするよ」
「ま、壊しても怒らねぇけどな。武器も装備も、少しは慣れておけよ。村を出るときにはお前に合った剣を渡すつもりだったんだ」
ラウルは肩をすくめたあと、少し真面目な顔になる。
「クロスケ、この先は俺もついていけない。村の外は、もうお前の旅の始まりだ」
……その言葉の重さに、思わず背筋が伸びる。
「分かった。気をつけて行ってくる。こんな得体のしれない人間にいろいろありがとう、ラウル」
「おう。気にすんな。死ぬなよ。いつでも戻ってこい」
ラウルに見送られながら、俺は馬車に乗り込んだ。
荷台には荷物のほかに、商人らしき中年男と、その護衛らしき若者が座っていた。
「お前さんが、例の旅人か。あのラウルの知り合いなら問題なかろう。大人しく座ってろ。レーヴェンまでは夜には着くだろう」
「はい。よろしくお願いします」
揺れる馬車に身を預けながら、俺は外の景色を眺めた。
木々は深く生い茂り、見たことのない鳥や虫が行き交っている。ときおり、遠くで何かが吠えるような声がした。あれが、魔物か。
そっと剣に触れる。まだ使いこなせるとは到底言えない。でも、不思議と怖さよりも先に、「やるしかない」という気持ちが湧いていた。
そういえば、出発の少し前、ラウルは俺にそっと二つのものを渡してくれた。
まずひとつは、小さな封筒だった。
「念のため、これを持っていけ。レーヴェンの宿の誰それに見せれば、話が早い」
手紙には、簡単な紹介と「困ったことがあれば助けてやってくれ」と、ラウルの筆跡で書かれていた。ほんと、どこまでも面倒見のいい人だ。
さらにもうひとつ、手渡された小袋──中には、銀貨が数枚入っていた。
「長旅になるかもしれんからな。これで宿代と食事代くらいにはなるだろう」
「え、いいのか?」
「貴族の子息が金に困ってるってのも変だが……まあ、困ってるんだろ? これは貸しだ。いつか返せ」
「……ああ。必ず返すよ」
そうして手にした異世界での“初めての所持金”は、妙にずっしりと重かった。
──そういえば、村で宿の女将が言ってたな。
「この銀貨が一枚あれば、宿に一泊できるさね。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚さ。もっと上の硬貨もあるけど、そんな硬貨なんてそうそう拝めないけどね」
感覚的には、銀貨が数千円くらいか? その上があるようだが、見てみたいもんだ。
夕暮れが近づくころ、遠くに大きな城壁が見えてきた。
「あれが、レーヴェンだ」
初めて見る都市。高く積まれた石の城壁、門を行き交う人々のざわめき、荷を背負った商人たち、剣と鎧で身を固めた冒険者らしき集団──目に映るすべてが、現代日本とはまるで違う。
「はぁ……すげぇな。夢じゃないことは分かっていたけど、こんな景色が本当にあるんだな」
目が回りそうな喧騒のなか、俺は馬車を降りた。
紹介状を頼りに宿を訪ねると、気の良さそうな中年の宿主が対応してくれた。
「ラウルの紹介か。あいつ、昔っから義理堅い男だからな。お代はちょいと安くしてやるよ」
部屋に通されたあと、食堂で出された夕飯は──見た目は悪くない。肉と野菜の煮込み、黒パン、そしてスープ。
だが、ひとくち食べて思わず首をかしげた。
「……味、薄っ!」
いや、まずくはない。だが、塩だけ? もうちょっと何か……アクセントとかさ。
ふと厨房のほうから女将さんの声が聞こえてくる。
「胡椒は高いからねぇ、庶民の舌にはこれくらいがちょうどいいのさ!」
──ああ、なるほど。ここでは“味の暴力”みたいなスパイスは高級品なんだな。
皿を見つめながら、改めて思う。ここは、俺の知っている世界じゃない。物価も、飯も、人の距離感も、何もかもが違う。
でも──だからこそ、俺はここで、ちゃんと生きていく必要があるんだ。
明日は冒険者ギルドへ行ってみよう。いよいよ本格的に、異世界生活の幕が上がる。
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