第3話 Day 3 鏡(一日の始まりは)

「……んん……そろそろ、起きる時間か……」


 窓から、夏の元気な日差しが差し込んできている。


 ジェフはベッドからその身を起こした。目覚ましなしで目覚めるのが、ジェフの朝だ。枕元に目覚まし時計はあるのだが、それは修復不能なくらいに壊れている。――実はこの目覚まし時計はランフォードからの貰い物なのだが、ジェフ本人が魔法で壊してしまったのだ。あまりのうるささに耐えかねて。


 寝乱れた浴衣を直しながら、廊下を歩く。ジェフはひとり暮らしであるが、あまりみっともない姿で歩き回るのは、彼の流儀が許さなかった。


 洗面台の鏡を、覗き込む。そこに映るのは、まだ寝足りないと言った風の己の顔。


「……呆けすぎているな……」


 蛇口を捻ると、思い切って顔を洗う。冷たい水を顔に浴びたら、ようやく少し意識がはっきりしてきた。


 先に着替えるか、歯を磨くか迷った末に、歯磨きだけは先に済ませることにする。起床直後の不快さを取ってしまってから、身支度をしたい。


 口腔内の気持ち悪さを取ってから、着替えをした。いつも通り、七分袖のヘンリーネックのシャツを着て、カラーのスキニーパンツを穿く。ベルトを締め、靴下をはくと、再び鏡の前に立った。


 ジェフのぬけるように白い肌は、日焼けに滅法弱い。ここにやって来た頃に一度、日焼け止め無しで過ごしたら酷い目にあったのだ。肌が赤くなるわ、痛いわで。なので日焼け止めは、ジェフにとって一年中欠かせないアイテムだ。


 化粧水を塗ったあとで、肌が露出している部分に丹念に日焼け止めを塗っていく。艷やかなウェーブした黒髪を櫛とブラシで整えて、額にボトムスの色と合わせたバンダナを締めると、ようやっと身支度の完成だった。


「もう少し、大きな鏡が欲しいな……」


 毎日少し不便に感じているのだ。洗面台の鏡の大きさについて。欲を言えば、もう少し大きな鏡が欲しいのだ。


 魔界の自室にある、全身を映せる大きな姿見をつい思い出してしまう。あの鏡にジェフは慣れきっていて、ついあの大きくて見事な気に入りの鏡があれば、と考えてしまうのだ。


「――まあ、無いものねだりをしても、仕方ないな……」


 今ここにいるのは、魔族のジェフではなく、人間に擬態して暮らすジェフなのだから。


 ――この時代の人間の持ち物を用いて生活してこそ、真にこの時代に住んでいると言えるだろうから。





 ――そろそろ、朝食を作るとするか。いい加減一日をしっかり、始めなければ……。


 ジェフはもう一度鏡を覗き込んで、髪を少し直すと、洗面所を後にしたのである。

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