第15話 女神は飯に釣られて寄生先を変える決断をした

※第二部も行き当たりばったり





「はじめましてミュー様。ラビオカ王国第二王女ミラと申します。この世の最高神にして王国の救いの女神様にお逢いできて光栄でございます」

「あ、そう」



 邪魔者のイリスが去って、狭いながらも楽しい我が家で一晩を過ごした…と記憶を改竄しながら朝を迎えた。

 相変わらずトイレは甕のままだし、祭壇では邪悪な人面瘡に監視されるし、自分の白濁液で汚いプールみたいだった床で寝たし、目が覚めたら追い払ったはずの腹黒騎士団長に見下ろされていた。


「わ、わわわ私にまで頭を下げられてしまいました」

「ユリがただのグリコのおまけなのは全員分かってる。まったく、こんなシスターだからお布施がないんだ」

「お布施がないのはミュー様の行いに問題があると思います」

「個人の感想です」


 着の身着のままの格好で俺とユリは馬車に乗せられ、行き先も告げられぬまま到着した屋敷に入ったら、若い女とその取り巻きが膝をついておじぎしていた。

 女神様はバカじゃないので、名乗られるまでもなくその若い女が何者なのか理解した。ユリはバカなので、名乗られてから慌てた。今ココ。


「少しではありますが朝食をご用意しました。どうぞお召し上がりください」

「うむ、殊勝な心がけだ」


 面倒臭いのでそのままトンズラする計画は、あえなく失敗した。



「おいしいです! こんな立派な食事は五年ぶりです!」

「まぁ、それは嬉しいですわ。ユリ様も御苦労されたのですね」


 餌付けされたシスターの浅ましい姿を横目に見ながら、女神様の俺はむさぼるように食った。仕方ないだろう。この世界で初めて人類の飯を食ったんだ。

 テーブルの上には焼きたてのパンと紅茶みたいな飲み物、それにベーコンみたいな燻製肉と何かの卵を炒めた料理。俺の怪しい過去の記憶では、第二王女がふるまうような高級な朝食ではない。


「ミュー様にはもっとふさわしいお食事をお出ししたかったのですが、力及ばず申し訳ありません」

「気にするな。女神は懐の深い御方だ」

「自分で言わないでくれ…」


 力が及ばないという第二王女は、白っぽい綿のシャツと紺色の長いスカート姿。その辺の娘みたいな格好で、イリスと並ぶと一回り小さいが、ひ弱という感じはしない。だいたいユリと似たような体型だ。

 シュッとした顔つきで、やや幼い雰囲気もある。この世界の成人年齢は30歳らしいから、イリスより若いのかは分からん。どうでもいい。




「で、俺を呼んだのは、お前たちを救ったお礼のためか? そんなわけないだろう」

「もちろん女神様への深い感謝をお伝えするためですし、懐の深いミュー様にお顔をつなぐためでございます」

「そうか。この世界の連中はみんなあけすけだな」

「女神様にはすべてお見通しですから」


 ふかふかのソファーもない殺風景な部屋で、イリスともまた違った面倒な女と対面する。

 絶賛跡目争い中の第二王女は、タニワの領主とはこっそり面会したものの、その後は潜伏中。

 俺が巻き込まれた――自分から飛び込んだとも言う――盗賊は、実は最初から王女暗殺を依頼されていた。だから王女がタニワにいることはバレている。盗賊が全滅したおかげで、手を出すまでに至ってないだけだ。


「俺は王国なんてどうなったって構わないんだぞ」

「ミュー様の望まれる格好いいスローライフのために、少し運動してみるのもよろしいのではありませんか?」

「運動ねぇ…、物は言いようだな」


 で。

 どう見ても先のなさそうな第二王女が、いったい俺を巻き込んでどうする気なのか。仮に跡目争いに勝ったとして、こいつに国を治める力がなければそれまでだ。

 数少ない部下のイリスは、俺を女神と知って騙した奴だ。そんな綱渡りしかできない勢力につくより、王女の首を土産に他の奴に取り入った方がまだスローライフって気がする。


「実を言うと…、都の占い師に預言があったのです。天より邪悪の化身が降り立ち、すべての魔物を率いて地上を蹂躪する、と」

「かわいそうに。現実と妄想の区別がつかなくなったのだな。俺も女神様だ、せめて冥福を祈ってやろう」

「それは死んでからやれ。というかミュー様…」


 あまりにバカげた話を真顔でするので、ミラの将来が心配だと思ったら、なぜか逆に見つめられた。

 ついでに女神に対して相変わらず失礼なイリスもこっちを見ている。なぜだ?


「ミラ様に代わって女神様に問う。ミュー様はいつどうやって、あの山の中にやって来た?」

「はぁ!? お前は言葉遣いに気をつけろよイリス、女神だぞ!? 山んなかにはなぁ、落ちたに決まってんだろ!」

「やはり」

「確かに」

「な、なんだよ…」


 気がつくと、ミラの後ろにいる取り巻き連中とイリスに混じって、ユリもひそひそ話を始めている。非公式とはいえ女神様と王女の対面の場で失礼だろう。なお自分が失礼なのは女神だから気にするな。


「つまりミュー様はこれから、地上を蹂躪なさるのでしょうか。できればラビオカ王国以外で暴れていただけると幸いです」

「はぁ!?」

「貴方様を姉と慕うイリスに免じて、いえ、たった今からは私もミュー様を神聖なる姉様と讃えます。どうかお慈悲をいただきたく…」

「ちょっと待て! まさか俺を邪悪の化身だと思ってるんじゃないだろうな?」

「どこからどう考えても邪悪の化身だろう。穢れなき未婚の私を酷い目に遭わせたのだ」

「なんだイリス、乳首の周りをくりくりしたら内股で悶えていたくせに恨み言か」

「ぐ、ぐ、具体的に言うな!!」


 天より降り立った以外に何一つ共通点がないのに、こいつらは頭がいかれたのか? そもそも言葉もしゃべれない魔物を率いるって何の冗談だ、羊飼いじゃあるまいし。




 その後。


「ミュー様、お前はいつまでここにいるんだ。殿下の警備の邪魔なのだが」

「ミラ、イリスが邪魔だと言ってるぞ」

「すみません、なるべく早く他所に移りたいと思っているのです」

「で、殿下は邪魔ではありません!」


 ユリは帰った。元々来なくてもいい奴だったし、ミラの取り巻きが適当に目隠しして街中に放り出したようだ。

 一人で放り出して、あれが人質になったらどうするのか…とは思わない。ユリを助けるために王女たちが動くわけはないからな。

 なお俺も動かない…と言いたいところだが、ユリが捕まったら困る事情はある。大切なものをユリに託しているからだ。そう、出掛ける際に外し忘れた股間の御神体を、こっそりユリの手提げの中に放り込んである。


「さっさと脱出すればいいだろ。堂々と隠れもせずにこの街に来たお前らが、今さら潜んでどうする。むしろ叫べ、おーれーは王女ーだーぞー、と」

「歌うな」


 俺が残った理由? 決まってるだろ。

 ここには飯があり、教会には鳥の餌がある。なぜ好き好んであんな魔境に帰るものか。あれ、こっちが魔境だった気もするがまぁどうでもいいや。




 そうして、無事に寄生先を変えてぐーたら生活を始めようとした俺だった。

 しかしタニワの街には危機が迫っていた。少しだけ俺のせいで。

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