第15話:気が進まない姉との通話  1



 天ノ衣さんをドキドキさせるにはどうすればいいのか。


 そんな特別課題を抱え込んだ僕は帰ってからもずっとそのことを考えている。

 けど未だにそれらしい答えは出せていない。


 今日やったようにキスの直前で止める、というのはもどかしさだけが溜まりに溜まって精神的にキツそうだ。いつか僕の心が我慢できなくなってしてしまうかもしれない。


 それにあの時はキスするつもりだったからこそドキドキしたわけで、最初からしないと分かってやってもあんまり効果が無い可能性もある。


 なら他の案は……ダメだ、僕には難しい。


 僕は天ノ衣さんにドキドキされっぱなしだけど、それは天ノ衣さんの可愛さがあってのものだし、それも顔だけじゃなくて仕草もあってこその可愛さだ。顔を好いてくれているとはいえ僕がまねしようとしても出来るものじゃない。仮に出来たとしてもキモいだけでドキドキはしてもらえないだろうし。


 自分で考えつかないなら誰かに聞けばいいと思ったけど今度はどう聞こうか、と言う問題に突き当たる。いや、それ以上に誰に、の方が深刻かもしれない。


 友人が少ないとはいえ僕にだって相談する相手はいる。言わずもがな魁斗だ。

 けど今回の相談相手として適任かというとそれは違う。


 女の子をドキドキさせたいんだけどどうすればいい、なんて聞けば大変なことになる。


 いくらある程度距離を取ってくれる魁斗といえどこればかりはどこまでも踏み込もうとしてくるだろう。普段僕が絶対にしない恋愛色の濃い話だからこそ魁斗は半分親身になって、けど半分面白がって解決策を模索してくれようとするはず。


 ただそうなるとドキドキさせたい理由も話さなければならなくなり、連鎖的に天ノ衣さんのことを断片的にも説明しなければいけなくなる。天ノ衣さんが、というのをボかせたとしても、学校生活を一緒に過ごす以上、いずれバレてしまう可能性が高くなる。


 それは天ノ衣さんの信用を裏切ることになるからしたくない。例え魁斗のことをどれだけ信用していたとしても、可能性をゼロから一にするリスクは取らない方がいい。


 となると校内の誰かを相談相手にするのは止めておくべきだ。まあ魁斗以外にいないんだけど。


 なら校外の誰か、というとほぼいないに等しい。学校内でもあまり友人を作れない僕がもっと広い世界で仲の良い人を見つけられるかというと、まあ無理な話だ。


 ただ一人思い当たる人がいないわけじゃない。とんでもない勢いで揶揄われるのが目に見えているからあまり気は進まないけど。


 それでもこれは自分だけの問題じゃない。天ノ衣さんのために出さなきゃいけない答えだ。面倒くさいとか疲れるからとか、そんな理由で避けている場合でもない。恨むなら思いつけなかった自分を恨むしかない。


 そう覚悟を決めて「相談したいことがあるんだけど」とラインのメッセージを飛ばした。


 夜だけど大丈夫かな、と思いつつ一度画面を閉じようとしたところで既読がついて『おけ』と返ってきた。


 あまりの早さに驚きつつ「今からいい?」送ると、今度は両腕で○を作った棒人間が奥から大勢走ってくるスタンプが送られてきた。

 直後『柑奈』から電話がかかってきた。


 驚きを超えて呆れるほどの早さに苦笑しながら出ると、楽しそうな姉さんの声が聞こえてきた。


『睦月が相談なんて珍しいじゃーん。今年になって一度も連絡してこなかったのにー。元気してた?』


「色々あってさ。僕は元気だけど姉さんは……まぁ元気だよね」


『もちろん。私の元気がない日なんてあるわけないでしょ』


「だね」


 そこまで言える元気さが心底羨ましくも妬ましくも思う。同時にいつもこの調子じゃ疲れるんだろうなとも思う。まあこのテンションで毎日過ごしきるのが姉さんなんだけど。


 その底抜けの明るさを毎秒放出する柑奈姉さんは僕の三つ上の姉だ。大学二年生になった今は一人暮らしをしている。


『んでー?』


「あくまで真面目に、真剣に、茶化さず聞いて欲しいんだけど」


『私がふざけている日なんてあるわけないでしょ』


「…………」


 そんなはずない。姉さんが真面目に過ごす日があるならそれはきっと世界の滅亡直前くらいだろう。いや、そうなったらそうなったで冷静ではいられなくなって結局ふざけていそうだ。


 なんて考えているとドスの効いた声が聞こえてきた。


『おいこら、今失礼なこと考えてんだろ?』


「そんなことないよ」


『……まあそういうことにしといてやるわ。んで、真面目で綺麗なお姉様に何を相談したいのかねー?』


 前半と後半で全く違う声色を変えた姉さんに切り出した。


「……ある女の子をドキドキさせたいんだけど、上手くやるにはどうすればいいと思う?」


『は? 簡単じゃん』


「えっ? 本当?」


 さも当然のように言われて期待が膨らんだ。


『私に似て顔いいんだから睦月なら何したって大抵の女子ならドキドキするわよ。至近距離で見つめてあげればもうイチコロでしょ』


 期待した僕が馬鹿だった。


「姉さん、僕は真面目に聞いているんだよ。というか僕が姉さんに似たんじゃなくて、僕と姉さんが父さんと母さんに似たんでしょ」


『私だって真面目に答えたんだけど? あと、正しくはお母さんに、でしょ』


「それじゃあ父さんが可哀想だよ……」


『仕方ないでしょ、顔に関してはどう考えたってお母さん似なんだから。まあ身長はお父さん譲りだしそこはちゃんと感謝してるけどね。というか何、睦月好きな子できたの?』


「出来てない」


 揶揄うように言われてキッパリ否定するも信じていないらしく、キャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


『うっそだぁ。好きな子じゃなきゃドキドキさせたいなんて思わないでしょ普通』


「だとしても違うんだよ」


『ならどうしてドキドキさせたいのよ。意識させたい以外に何かあるわけー?』


 こう言われることは分かっていた。だからまずは病気のことだけは伝えることにしよう。


 学校外の人間なら天ノ衣さんを特定することはできないし、姉さんは僕とは違う高校に通っていた。なら繋がりはないし話しても問題ないはずだ。


「信じられないだろうけど、その子はドキドキしなきゃ死ぬんだよ、病気で」


 告げると僅かな沈黙が生まれた。

 そして。


『……ぷふっ、あははっ! あはははっ! 流石にそれは苦しいって! 言い訳下手にもほどがあるでしょ! ぷはっ!』


「……真面目に話しているんだけど」


『真面目! 真面目って何だっけぶははぁっ!』


 すぐに信じてもらえないんだろうとは思っていた。それでもこんなに笑う、普通?

 まぁ僕も初めて聞かされた時は全く信じなかったから人のことは言えないけど。


 それでもこのリアクションは本当に、心底イラッとする。


「特発性スタンリー徐脈っていう病気なんだよ」


『えっ、何? とくはつせい、すた……みな?』


「特発性スタンリー徐脈」


『はいはいスタンリー徐脈ねーっと……。おっ、本当に出てきた。えーっと何々……?』


 通話しながら調べ始めたらしい。すぐに姉さんの息を呑む音がした。


 しばらく病状について読んでいるのか、息を潜めたような沈黙が続いた後、姉さんの固い声が聞こえてきた。


『……ごめん、睦月。この病気のこと知らなかったから』


「仕方ないよ。僕も初めて言われた時は信じられなかったし、世間的にもほとんど知られていない病気だし」


 僕は笑いはしなかったけど。姉さんの笑い方にはむかついたけど。


「とにかく、だから僕は天ノ衣さ……その子をドキドキさせたいんだけど、良い方法ないかな? できるだけ過激じゃないやり方で」


『過激じゃないやり方?』


「うん。付き合っているわけじゃないからキスとかそういうのは無しでってこと」


 好きになりたくないから、というのは伏せておく。言ったら揶揄われるのは目に見えている。


『あー、なる。そうねぇ……』


 姉さんは思案するように、うーーーーーーん、とやけに長い一唸りを発した。楽しそうな声色ながら、まだ揶揄うような感じではないことに安堵する。


 これなら真面目な答えを期待しても良さそうだ。



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