第10話
美少女タレント事務所が最悪の危機を抱えていた。所属タレントたちがひとりずつ災厄にばかり襲われているのだった。
とても美しかった彼女の長い黒髪はつい先日、気が触れた執着者に裁ち鋏で斬られてしまった。別の彼女は絶世の美貌だったが、収録中の事故のせいで顔のほとんどを。また別の彼女は豊満な体型を誇っていたがひどい追突に巻き込まれて、命だけはまだ残っている。そのまた別の彼女はこころを壊してしまい、鮮やかなステップを舞う日はもう訪れない。さらに別の彼女は虚言癖のある俳優に付き纏われ、まともに仕事ができなくなった。
日毎に重苦しい空気が蔓延して行く事務所に、まだ無傷のタレントがひとり出勤してきた。壁に貼られた、余白の目立つようになってしまったスケジュール表を横目に、それでもなけなしの元気を振り絞ってここにいる。荷物を置いて、せめて日課の掃除でもしようかと思った矢先に別室から物音がした。
彼女が開けたドアの向こうには、担当のプロデューサーがダンボールの山の中にいた。
「おう 良い所に来てくれたな ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれ」
「あっハイ でもこれ何の箱なんです?」
「それも今説明するからさ」
二人がかりでよたよたとまずはひとつ動かして、一旦床に置いた。プロデューサーがカッターナイフでテープを切ると、中には。
「…プロデューサー 何、これ…」
人間が一体、おもちゃのように梱包されていた。良く見ればそれは美少女ではある。しかし整っているにはいるが、あまりにも特徴がない顔をしていた。髪型も髪色も体型もどこかで見た気がするし、見ていないようでもある。そして何故か、いかにもデビューのステージできらめきそうな衣装を着ている。
「次の新企画で使うやつに決まってるだろ」
「次って何ですか まさかここにあるダンボールぜんぶ」
「ユニットごとに揃えてあるからな バラバラにしないでくれよ」
「プロデューサーさっきから何の話をしてるの 私たちみんなの事はどうなるの」
恐怖と混乱でガチャガチャになりながらも、彼女はプロデューサーに問い詰めた。
「えっ 担当外されたからもうわかんないや」
「は…?」
中身のない返事に、彼女は引きつった。
「たぶん他の人が何とかするよ そんなのよりオレこの仕事頑張るからさ、応援してくれるよな」
もはや彼女の口から、文章は出てこなかった。目の前にいる男の存在も、箱に詰め込まれた女たちも、自分が今居る建物も、なんだかよくわからなくなった。
その後のことを彼女は覚えていないが、気がついたら荷物を回収して最寄り駅に着いていた。端末には誰からの連絡も届いていないし、SNSのトップニュースは【新企画発進!! ヒップホップマジカルファンタジーガールズオルタナティブバンドプロジェクト!!!】と流れてきた。
写真には、何の味もしない女が何人も並んでいた。
無傷だった彼女はそのまま気が狂って線路に飛び込んだ。
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