第8話 みちるちゃんがかわいい

 小学4年生の時に、クラス替えで、同じクラスのあまりにかわいい女の子にくぎ付けになった。その子は、絵が得意で、写生大会で特選をとるほどの腕前だった。茶髪のロングヘアで、小柄で少し茶色がかった瞳が印象的な美少女だった。

 

 始業式のその日には、帰ってからユキちゃんに報告した。

「ユキちゃん。クラスにかわいい女の子がいたよ。みちるちゃんというの。ユキちゃんと同じ茶髪の長い髪がさらさらだった。この髪も、きっと自然に直るかもしれないね」

 かなは、そう言ってユキちゃんのちいさなお団子のままのからまった髪の毛をなでた。


 かなも絵が得意だったが、みちるちゃんにはとうていかないそうもなかった。しかもみちるちゃんは、こう、性格的にも足りないものがなくて、この年でもうすでに失敗というものができないかのようにみえるくらい、完璧で、大人びた女の子だった。みちるちゃんがまぶしくて、もっと仲良くなりたい気持ちがどうしようもなかった。


 それは、音楽の授業の前の休み時間だった。

 かなは、最近いつもそうしているように、ベートーベンやバッハの肖像画が見つめる中、みちるちゃんとおっかけっこをして遊んでいた。そして、つかまえたときに思い切って聞いてみた。

「みちるちゃん。わたしと交換日記をしない?」

 断られるかと思ったが、意外にも、みちるちゃんは嫌な顔をせずに、じっとかなの顔を見つめてきた。そして、少し考えた表情をした後に「うん」と言ってくれた。

 こうして、みちるちゃんとの交換日記は、かなが一年後に転校することになるまで続いた。

 

 一度だけ、ある失敗をした。前日に書いた交換日記をみちるちゃんの机の上に置いておいたのだ。その十分後、席をはずしていたみちるちゃんがなぜか怒ったように、トイレから帰ってきたかなのところへ来た。

「この交換日記は、これから直接わたしにわたして」

 その剣幕に動揺しつつ、かなは、「わかった」とそれだけ答えた。

 

 いつのまにか、みちるちゃんの日記がでかい字で乱暴に書かれるようになった。みちるちゃんは、何かをずっと怒り続けているのだろうか?

「誰か見たのかな?」

 日記帳のページを一枚一枚めくってみる。でも、みちるちゃんは、そんなに変わったことは書いてはいない。だれかの悪口なども書かれていない。ただ、家の居心地が悪いということくらい、しか。


 最近、うちで映画をみた。「シザーハンズ」という、すこしこわい印象のする映画だった。

「わたし、本当に刃物だけになりそうなの」

 お昼、ユキちゃんをいつものピアノの上に置いたら、急に、ふわっと、みちるちゃんの顔が浮かんだ。みちるちゃん、いったい、どうしたの?

 みちるちゃんは、こうも続けた。

「もう、春になることさえ怖いの。わたし、このままだと春にも耐えられないかもしれない」

「だいじょうぶ?」

 そう聞くと、みちるちゃんは、期待していた答えではないというようにそっぽをむいて去って行った。


(刃物……?みちるちゃんの抱えている事情って、そんなに深刻なのかな?でも、交換日記には、その日の感想くらいのあっさりしたことしか書いていないのに)

 

 ミニ子ちゃんに相談すれば、何か助言がもらえるかもしれない。かなは、ミニ子を抱っこして、どうすればいいか心の中で問いかけてみた。

「あなたがいいかげんだからよ」

 ミニ子ちゃんは、それだけ小さな声で言うと、ぐにゃっと、身体を曲げた。

 

 かなは、交換日記を開いてこう書いた。

「みちるちゃんが努力家で、ずっとすべての事を頑張っていることは、かな、本当によく知っているからね。その努力が、みちるちゃんの幸せな形で報われること、祈っているからね」


 後日、日記帳が返ってきたときに、開いて読んでみたが、そのことに関しての返答はなかった。

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