第5話 準備期間 3

 門から町に入り、宿に向かう。ベッチーはなにしているかな。さすがにずっと勉強はしてないだろ。

 そんなことを思って大通りから小道に入って歩いていると、女の悲鳴が聞こえてきた。


「なんだ?」

 

 様子を見てみるかと、そちらに小走りで向かう。するとなにかを殴った音らしきものが聞こえてきた。どさりと倒れる音も聞こえてきた。

 そっちに向かうと怯えた顔の男が逃げてくる。

 男? 悲鳴は女だったんだけど。たまたま女の声がでてしまった男だった?

 

「なにが起きている?」


 魔物でもいるのかと思っていたら、地面に倒れた男と手を振り回している女がいた。

 背中の半ばまである紫の髪の女だ。年齢は俺より上、十六か十七歳とかそこらへんかな。顔は整っていて強引なナンパに遭遇してしまったみたいだ。

 もしかしてこの人が男を倒した? 筋肉質じゃないのによくやれたな。

 

「あの」

「新手!?」


 なにがあったのか聞こうとしたら、勘違いした返答が出た。

 そして拳が飛んでくる。


「うわっ!?」

「このっこのっ」


 興奮してしまっているようで、止まれと声をかけても止まらない。

 受け止めて、声をかけるしかないか。

 ちょっと痛いかもしれないけど、そこは男の子だ。我慢しよう。

 というわけで竜の探求の物語に出る魔法のス〇ラだ。

 防御力を上げて、女の拳を胸で受ける。

 ドンッという音とともに衝撃が胸に生じる。いってえ、防御力上げてこれか。

 軽く咳き込みつつ女の両肩を掴んで、落ち着けと強く声をかけた。

 ようやくまともにこっちを見てくれる。これで会話が成り立つと思ったら、彼女は自分自身を抱いてふらつく。

 

「ああっもう駄目だわ。私はここで純潔を汚されて。お父さんお母さん、シーズはここで傷物にっ。それならいっそ舌を噛んで」

「違うから! 俺は悲鳴を聞いてここに来ただけだから! 冤罪は止めろっ」


 強く肩を揺らしながら言うと、さすがに少しは話を聞いてくれる。


「あら、あなたはさっきまでいなかったわよね」

「そうだよ」


 落ち着いて話せると溜息を吐いてから、もう一度ここに来た事情を話す。


「そ、そうでしたか。ごめんなさいっ。助けに来てくれたというのに。私ったら早とちりしてしまって。思いっきり殴ってしまいましたが、怪我はありませんか」

「大丈夫。打撲程度だし、あとで自分で治療する」


 使えると確認しておいてよかった有名ゲームに出てくる回復魔法の数々。


「打撲ですんだの? それにその反応……私は怪力娘として知られていて、周囲の人には敬遠されるのに。まさか!? これは運命の出会い! きっとそうよね。モテなくて悲しんでいる私に神様がくれたチャンス! これを逃す手はないわ」


 顔は整っているのにモテないのか。怪力なだけならまだ大丈夫だと思うから、この無駄に一直線なところも敬遠される原因なんじゃねえかな。


「俺はずっとこの町にいるというわけではないのでご縁がなかったということで失礼しますね」

「まあまあお待ちになって」


 熱い視線で俺を見てくる。


「いえいえ、友達が待っているので」

「せめてお名前だけでも」

「名乗るほどでありません。俺なんかよりもいい人がいますよ」

「そのいい人はどこにもいなかったのよ」


 何度も挑戦したのよ、こんちくしょうと壁を殴る。

 うーん、美人さんがやる行動じゃねえな。残念美人とはこのことか。


「誤魔化しじゃなくて俺はそう遠からずこの町から出るので、付き合うとかは無理なんですよ。あなたのことは美人と思うから、本当にいつかはいい出会いがあると思いますよ」

「その出会いが今でもいいじゃないのよう……そうだ。ついていけばいいのよね」

「なんて?」

「だから悪い反応じゃないあなたについていけば、いつかはチャンスを掴める。いい考えでしょ?」


 すっげーポジティブだな。


「俺は大ダンジョンに行くんで、ついてくると危ないっすよ」

「私は周囲に大ダンジョンでその怪力を生かせとよく言われるから、むしろ良い機会じゃないかしら!」

「さすがに本気で勧めたとは思えないんですけど。それに今やっている仕事を辞めるんですか」

「ウェイトレスをやっていたんだけど、お尻を触ってきた客を小突いたら首になっちゃって」


 軽く小突く仕草を見せる。

 シーズさんにとっての軽くであって、小突かれた人の頭からはすっごいいい音がしたんだろう。


「素直に怪力を生かせる職につこうぜ」

「私だってキラキラした仕事をやりたかったんだもの」

「汗をかけば太陽の光に反射してキラキラするよ」

「物理的に輝きたいわけじゃないのよ」

「でもそれならダンジョンに潜るのは汗臭いし危ない。乗り気じゃない仕事でしょ」

「あなたを手に入れられるのなら、なんてことはないわ。それにお金を稼がないと食べていけないし、我がまま言っている場合じゃないの」


 完全にロックオンされてる? 俺も美人さんに好かれるのは悪い気分じゃないけど、さすがに出会って数分でここまで好かれると嬉しいと思う前に引く。ただ仲間になってくれるっていうならわりと歓迎ではあるんだけど。ダンジョンで確実に役立つ人材だと思うし。


「ここは三十六計逃げるに如かず!」

 

 めんどうだから背を向けてその場から立ち去ろうとすると、シーズさんの悲鳴を聞きつけた人が知らせたのか兵が姿を見せてぶつかることになった。

 互いにその場に倒れる。


「お、おい大丈夫か!?」

「兵士さんありがとうございます!」


 ぶつかられた兵にもう一人の兵が心配そうに声をかける。

 俺は兵に礼を言うシーズさんに抱き起こされた。


「犯人に触れない方がいいのでは?」

「いえこちらは私を心配して駆けつけてくれた人ですわ」

「それにしては急いでその場を離れようとしたみたいですが」

「お礼をしようと言ったのですが、照れて逃げ出そうとしたのです」


 違うと言おうとした俺の口をシーズさんが塞ぐ。


「そうだとしたらかなりの照れ屋ですな。かなりの勢いでぶつかりましたよ」


 どうにか誤解を解こうと兵に、もごもごと塞がれたまま声をかけるが、不思議そうな顔をされただけだ。

 口を塞がれているんだし、もっと怪しく思ってくれてもいいんじゃないかな。

 そんな俺からシーズさんに兵は視線を移す。


「あちらで倒れている男は?」

「私を襲った男です。振り回した腕が偶然いいところに入ったみたいで」

「そうでしたか。あの男以外に誰かいました?」

「もう一人いたのですが、この方がやってきたのを察したのか逃げていきました。二十代の明るい茶髪で、手の甲の大きめの傷がありました」

「情報はありがたいですが、捕まえられるかわかりませんね」

「そうですね。でも乱暴される前に逃げてくれてよかったですわ」


 その通りだと頷いて兵たちは倒れている男を連れて去っていった。

 結局俺は助けてくれなかったよ。


「ではじっくりと話し合いましょう」


 にこやかな笑みは見惚れそうなものだけど、獲物を見る目のせいで怖さもある。


「オーケー、落ち着いて話し合おう。だから立たせて」


 興奮した獣は刺激しちゃ駄目だと、猛獣への対処法はこれであっているんだっけと思いながら頼む。


「うふふ」

「怖いんですけど!」

「冗談ですわ、冗談」


 逃がさないためか手は握られたままだけど、立つことはできた。

 振り払うのは無理だろうな。


「真面目に言うけど、会ったばかりでなにも知らない人と恋人とか結婚とか無理」

「時間をかければ問題なしってことね」

「やっぱりポジティブだな! 時間をかけるのはありかもしれないけど」


 少しの間友人付き合いすれば、やっぱりなしよってなるかもしれないからな。

 ここでどうにか逃げても宿を見つけられそうだし、ある程度の付き合いをして見限ってもらえたらってのは希望的すぎるかもしれないけど。


「こっちはこっちの都合があるし、そこまであんたに時間はとれないぞ。現状昼夜逆転の生活していることでもあるし」

「どうしてそんな生活をしているのかしら」

「友達と一緒に夜間の見回りの仕事をやって、お金を貯めているんだ」

「貯金ですか。一緒にダンジョンに行くなら私も貯めた方がいいでしょうし、同じ仕事をしようかしら」

「夜に起きていると美容に悪いと思いますよ」


 せっかくの美貌を曇らせるのはもったいない。


「ダンジョンに行くなら美容を気にする暇はないでしょうし、それなら今から放置しても問題ないのでは? それにもともと美容に気を付けている方ではないですし」

「世の中の女性を何人も敵に回しそうなセリフだ」

「というわけで私も同じ仕事をしたいのですが、斡旋所で紹介してもらえばいいのですかね」

「俺たちは紹介してもらったけど」

「早速行ってきます。今日から一緒の仕事場ですね、楽しみです」

「いや俺たちは今日休みなんで」

「じゃあ明日紹介してもらうことにしましょう。家族にこのことを知らせてきますね」


 スキップしそうな雰囲気でシーズさんは去ろうとして止まる。


「そういえば自己紹介してませんでしたね。私はシーズ。あなたのお名前は?」

「サルド。冒険者志望のただの少年」

「サルド、また明日」


 今度こそシーズさんは歩いて去っていった。

 家族からダンジョン行きに反対されたらいいんだけど、あの調子なら説得しそうだわ。

 いい人材ではあるんだよなー、一撃の威力を誇る人がいてくれるのはありがたい。でもぐいぐいこられて困る。

 悲鳴を無視して帰ればよかったかと思いつつ、宿に戻るとベッチーがいなかった。

 散歩にでも言ったかなと思って、ベッドに寝転んで技を使っていたときのことを思い返し、イメージを固めていく。


 ☆


 シーズは心を弾ませながら家路を急いでいた。

 あの時運命といった言葉に嘘はなく、本気でそう感じていた。胸が熱い。これまで感じたことのない高鳴りが今もある。

 シーズに殴られてほぼ無事だったことに加えて、殴った自分を毛嫌いする様子がなかったのだ。

 シーズは子供の頃から同世代の中で力が強く、その筋力で友達を傷つけたことがある。ただの子供同士の喧嘩だったのだが、力という一点が普通とは異なっていた。シーズにとっては軽いつもりの拳は相手に大怪我を負わせる結果になり、同世代からは距離を取られるようになった。

 今でも友人はほぼいない。

 残った友人をすごく大事にしていたら、なぜか距離を取られた。 

 距離を取らなかった友人や両親には、もう少し落ち着いた距離感でと説得されてしまった。

 こんな自分と友人でいてくれる存在を大事にすることのなにがいけないのだろう。少ない友達に嫌われたくないし、そのためにやれることをやっていただけ。それでも距離を取られたから、今では一応距離感を意識しているつもりだ。

 大ダンジョンに行くなら、大事な友人と離れてしまう。それにちょっと迷いはあるものの、せっかく見つけた運命を手放したくないので大ダンジョンに行くことに決めた。町に戻ってくるつもりはあるので、帰ってきたらまた友人たちを大切にしようと思っている。

 子供の頃の一件で親から力をふるうことの危険性と手加減の重要性を説かれて、注意するようになった。

 何年もかければ手加減は上手くなる。だが驚かされたり、咄嗟の場合には手加減ができなくなる。

 今回自分のうっかりが原因でサルドを攻撃してしまったのだが、またあの恐怖と嫌悪の視線を向けられると思っていたところに普通の反応だった。

 サルドにとって驚くことではあったが、わざとではないので責める気にはなれなかったのだ。

 さらに反応を探るため壁を殴ってみても嫌悪感はなかった。

 衝撃が全身にはしった。

 サルド以外にそんな存在はこの先現れないと思った。

 実際には大ダンジョンのある町に行けばいくらでもいるが、これまでの人生でそのような人物に出会ったことはない。そのためサルドしかいないと思った。

 だから一緒にいたかった。どうしても離れたくなかった。寄り添ってもらいたかった。

 家族にダンジョン行きを反対されても、家出をしてでもついていくつもりだ。

 どこにだってついていく他国でもダンジョンでも、たとえ地獄でも。

 誰がなんと言おうと、運命の出会いなのだ。そうシーズ自身が決めた。

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