第3話 準備期間 1

 魔法と技の練習を始めて七年が経過した。

 この七年で魔王が本格的な活動をしたという噂は聞こえてこないけど、魔物の動きが活発化しているという噂は聞こえている。小さな村だから魔王の話は届かないんだろうけど、魔物の活発化が起きているなら魔王も広く知られるようになっているはずだ。

 故郷周辺は相変わらず安全だけど、領内の小さな村が魔物の攻勢に押されて守り切れず廃棄されたという話も聞いた。

 町に故郷をなくした人が集まっていると大人たちが話していた。

 領主はその村を取り戻すべく兵を送り込んだそうだ。その結果は伝わってこないから、まだ魔物を追い払っている最中なんだろう。


 俺は十四歳になって体も大人のものに近づいている。

 十八歳と十六歳の兄たちは成長しきっていて、大人の体つきだ。上の兄はお嫁さん候補も見つけて、俺が家を出るとその人を家に迎え入れることになっている。

 二番目の兄も仲の良い女の人はいて、その人は一人娘だ。何事もなければそっちに婿入りするらしい。

 ここ三年は畑仕事を免除されていて、魔法の練習がてら村周辺の魔物を退治したり、魔法でできる手伝いをしていた。

 魔物を退治できるようになって、鍛錬も捗るようになった。

 倒せるのは弱い魔物で数も多くないけど、完全に自力のみの鍛練よりは体力の上がり方とかが違うと思える。

 おかげで筋力が必要な技も発動するようになった。極めたとは到底言えないけど。

 あといろんな技を使いたいから、武器もいろいろと手を出している。といっても買うだけのお金はないから、身の回りのもので代用していた。剣の長さの棒と手製の石斧だ。槍の長さの棒は落ちてなくて、弓もない。それらは町に行ってから買えばいい。

 魔法も攻撃だけじゃなくて、空を飛ぶ方や転移もできた。ただ使う機会はなかった。空を飛ぶ必要がないし、転移が必要なほど遠くに行くこともなかった。今のところは万が一の保険。練度がまだまだだから両方とも遠くへの移動は無理ってのも、使い道がない理由だ。

 魔法の練習だけではなく、体を鍛えていることは家族に知られていて、町で仕事を探すのではなくダンジョンに行くという考えを話した。

 最初は危ないことはやめた方がいいと反対されたけど、俺の意思が変わらないとわかると家族の方が折れた。


 ベッチーは年を重ねれば落ち着くかなと思っていたけど、そんなことはなくスリルを求める性は変わっていない。

 でも体が大きくなると、子供の頃には怖かった魔物も倒せるようになる。

 そうなるとスリルが足りなくなるわけで、さらなるスリルはなにかと考えたら、ダンジョンに目を向けるのも無理ないことだった。

 というわけでベッチーもダンジョンに行くということになった。

 俺がダンジョンに行くというのは母さんがほかの大人に話した。その話をベッチーも聞いて、行くことにしたそうだ。

 スリルを求めて魔物と戦って一般人以上の強さを持っている。だから危ないから行くなとも言いにくい。

 長男だったら畑を継ぐ人がいなくなって困るんだろうけど、次男だから家を出ても大丈夫。

 村を出てもやっていける下地があるので認められた。

 スリルジャンキーを追い出したいという思惑がなかったと思いたい。

 

 そして出発の日がやってくる。

 畑は渡せないからと両親が少しずつお金を貯めてくれていた。これがあれば半月はどうにかなるだろうということだった。

 ありがたいし、できることはしてあげたいという両親の愛を感じる。

 前世の両親も不満はなかったし、今生の両親も優しくて大好きだ。

 もらえたお金があれば七大ダンジョンまでの馬車代が出せる。これがなければ馬車代を稼ぐため町でバイトを探すつもりだった。魔法に関連した仕事を探そうと考えていた。

 あーでもお金は必要だろうし、町で半月くらいはお金を貯めてもいいかな。剣の一つくらいは買っておいた方がいいだろうし。ベッチーが移動費をもらえるかわからないから町でのバイトは確定かもな。

 予定を考えていた俺に母さんが声をかけてくる。

 

「出発の準備は整ったかい」

「うん、いつでもいける」


 着替えと財布を入れた大きめの巾着を見せる。


「本当はそのまま町にいついて安全に暮らしてほしいんだけどね」


 折れたといえやはり心配なのだろう。母さんが不安そうな表情だ。


「本当に無理だと思ったら、魔法に関した仕事をやるよ。まずは挑戦してみる」

「気を付けるんだよ。大怪我をしてからじゃ遅いんだからね」

「そのうち元気な姿を見せられるように、里帰りするよ。お土産を期待してて」

「あなたの元気な姿が一番のお土産だからね」

「うん」


 ハグされて、家を出る。見送ってくれたのは母さんと婆ちゃんだ。

 父さんと兄たちは畑だから、村を出る途中で顔を出す。

 家から離れて、畑に向かう途中で村人たちに今日出発するのかと声をかけられる。そうだよと言うと、気を付けてなと声援を受けた。村人とも小さい頃からの付き合いだし、心配する気持ちは本物なんだろう。

 ありがとうと返して、村を出る。

 畑仕事をしている父さんたちはすぐに見つかる。


「いつでも帰ってきていいからな」

「帰ってきたら仕事がないよ。畑は継げないし」

「お前の腕なら自警団としてやっていけるだろ。少しきな臭い噂も聞いているし、村長も自警団強化を考えているそうだ」

「じゃあ駄目だったら、自警団入りかな」

「そういった将来もあることは覚えておいてくれよ」


 帰る場所があるのだと念を押してくれたんだな。本当に優しい親だ。

 兄さんたちも頑張ってこいよと声援を送ってくれて、三人に見送られて歩き出す。

 目指すのは先の方で手を振っている馬鹿のところだ。


「おはよう! 旅立ちにはピッタリのいい天気だな! どんなスリルがあるのか今から楽しみだ!」

「あほみたいにテンション高いな」

「当たり前だろう! この日を待ちわびていたんだから!」

「そんな調子でダンジョンの奥に突っ込むなよ。さすがについていかないからな」

「寂しいこと言うなよ。一緒に最奥に突っ込もうぜ」

「いつかは行ってみたいけど、いきなりいくのは自殺行為でしかないだろ」

「死ぬか生きるかのドキドキがいいだろ」

「それをしたいなら一人でやってくれよ。ちゃんと計画立てていくなら付き合うからさ」

「仕方ない、まずは普通にやっていくか。それでもドキドキは得られるだろうし」


 それがいいよと言って、二人で歩き出す。

 ベッチーも餞別はもらえたみたいだ。急にダンジョン行きを決めたからお金はほぼゼロみたいだけど、古い武具を身に着けている。

 その武具は祖父のものだそうだ。祖父も三十歳半ばまでダンジョンに潜っていて、思い出の品として持ち帰ったものが家にあった。

 たまに手入れしていたから今も使えるけど、長くは使えそうにないという代物らしい。

 

「お金がないとダンジョンに行けないし、まずは町でお金を稼ごうと思う。それでいいか?」


 聞くとベッチーはオッケーと返してくる。


「さすがに歩いていくのは俺もきついし」

「宿の代金くらいは持ってる?」

「三泊分くらいは」

「それを使い切る前に短期の仕事をみつけないとな」

「みつからなかったら、ひもじい生活のスタートか」


 ベッチーはごくりと唾を飲み込む。その表情はニヤリとしたものだ。

 わくわくしているけど、そのときはお前だけが貧乏暮らしだからな。


 町までは徒歩で三時間くらいだ。道もあるから向かうのに苦労はしない。俺たちが向かっている間も馬車が行き来している。

 それら馬車には護衛がついているけど、ここらは平和とわかっているようで気楽そうだった。


「あんな気の抜けた様子で大丈夫なのかね」


 去っていく馬車を見ながらベッチーが言う。


「さすがに役に立たない護衛は雇わないだろうし、町から半日くらいの距離になったら気合を入れるんじゃないかと思う。領内どこも安全ってわけじゃないしな。魔物に襲われた村だってあるんだし」

「そうかもしれないな。俺だったら護衛を雇わないでいつ襲われるのかというスリルを味わいたいが」

「お前だけだぞ。あと魔物だけじゃなくて野盗もいるし、それへの対応に必要だろうさ」


 気合が入っていないってなら俺たちもだし、偉そうなことは言えないよ。

 話しながら歩き続け、トラブルなく町に到着する。

 二メートルくらいの高さの石壁に囲まれた町だ。壁にそって櫓も見えて、そこにいる兵が町の周辺を見ていた。

 町の入口を人や馬車が出入りしている。そのときに止められるような人はいないから、怪しくなければ素通りなんだろう。

 まずは宿をとって、仕事を紹介してくれるようなところを探そうか。

 こんにちはと町の入口に立つ警備兵に声をかける。


「しばらくこの町で寝泊まりしたいんですが、高すぎず安すぎないという宿を知っていたら教えていただけますか」

「いいぞ。俺が知っているのは二つかな。どちらかは部屋が空いているだろうさ。べリエールという宿と子犬亭ってところだ。一泊二百パールだな。食事抜きでその値段だ」


 おおよそだけど一パールは十円くらいだ。物価も日本より安いから、二百パールなら求めて条件に合っていると思う。

 一食は三十パールから四十パールくらい。一日三百パールくらいで過ごせるかな。

 お金は硬貨で、一パール、十パール、百パール、千パール、一万パールがある。

 昔は銅貨、銀貨、金貨だったけど、今は銅ととある鉱石の合金硬貨だ。偽造対策されているため、たまに偽造した人たちが捕まっている。硬貨は専用の魔法に反応しほのかに光る。

 ちなみに金貨銀貨がなくなったのは、金と銀を魔法道具の素材として使うことを優先したため、硬貨として使える量が減ったからだそうだ。


「ありがとうございます。行ってみます」

「おう。トラブルは起こすなよ。捕まえなくちゃいけなくなるからな」

「ええ、気を付けます」


 行こうとベッチーに声をかけて町に入る。

 子犬亭の方が近いのでそっちに向かうと、二人部屋が空いている。


「ベッチー、一緒の部屋でいいか?」

「かまわないぞ」

「じゃあその部屋でお願いします」


 個別で部屋をとるより少し安くなるから、ベッチーの懐にも優しい。

 ある程度先払いしたついでに、短期の仕事を募集しているところがないか聞く。


「そういうのは紹介してくれるところがあるから、行ってみるといい。名前はゼル斡旋所だ。場所は中央広場に行ってそこにいる人たちに聞いてみれば教えてくれるはずだ」

「わかりました」


 取った部屋に荷物を置いて、早速仕事探しに向かう。

 中央広場にある屋台で串焼きを買って、ゼル斡旋所について聞く。

 屋台の主が指差す。


「あそこの通りを進めば、看板が出ているんだが文字は読めるか?」

「ある程度は大丈夫ですね」


 町に出るなら少しは文字の読み書きができた方がいいだろうと、読み書きができる老人に教われるように両親が話をつけてくれたのだ。

 畑を継ぐ予定だったベッチーは読み書きができない。計算は少し仕込まれたそうだ。

 

「ゼルという文字は読めるので大丈夫だと思います」

 

 串焼きの串をゴミ箱に捨てて、ゼル斡旋所に向かう。


「どんな仕事があると思う? スリル満点のものがあればいいんだけど」

「スリル満点の仕事か……高いところの掃除とか?」

「それはいいかもしれない」


 高いところに慣れるまでは楽しんでそうだなー。


「スリルを楽しむのはいいけど、怪我はするなよ。大ダンジョンに行く時期が遅れるし、治療費もかかるからな」

「わかってるわかってる。一番の楽しみを遅らせるつもりは俺もない」

「だといいんだが」


 歩いているとゼルと書かれた看板が見えてきた。斡旋所という文字は読めないけど間違いないだろう。今後もこういった施設はお世話になるだろうし、斡旋所の文字をよく見て覚えておこう。


「入らないのか?」

「あの文字を覚えておこうと思って。ベッチーも文字を書けなくてもいいけど、見てわかるように覚えておいた方がいいぞ」

「そうするか」

「読み書きできる方がいいんだけどな」

「なんとなくわかるけど、今から完璧にできるようになるのは難しい」


 名前とよく使う文字は教え込むか。

 文字を読めるようになったからって変な契約をして俺も巻き込まれたら大変だし、なにか契約するならその場で即断せずに相談するようにも言っていこう。

 俺自身も注意しておかないと駄目だろうなぁ。

 斡旋所という文字を覚えて、中に入る。

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