第37話 ハシームの魅力
「どう……と言われましても、よく分かりません。サウスアビア王国がどんな国かも知りません。ロッティはご存じですか?」
はっきり言ってここでハシームの話が出てくるとは予想していなかった。しかし、お茶会の趣旨を考えれば、当たり前のことだった。
男子禁制。女性のみで男性の品評会を行う。
ならば、今一番ホットな話題はハシームの事のはずだった。
「サウスアビア王国は遠く離れた南の国で、遊牧民が多く羊毛やそれを使った絨毯。それにスパイス関係を輸出していると聞きます……いや、そうではなくて、王子は男性としてどう思うかを聞いているのです」
シャーロットの言葉をかみしめる。ハシームの事を男性としてどうか……リリスは目を閉じてあの異国の王子について思い浮かべる。
美しい銀色の髪に彫りの深い端正な顔立ち。綺麗に手入れされた髭が大人の色気を醸し出し、背が高く、包容力もありそうだ。それでいて、人が食べようとしたケーキを横取りするお茶目さを持ち合わせている捉えどころの無い性格。
学院どころか、この王国にほとんどいないタイプの男性。
その上、異国とはいえ一国の第一王子。
普通で考えれば、欠点がない。
しかし、リリスにとっての長所がなかった。
恋愛感情がよく分からないリリスにとって、容姿の美醜はあまり気にしない。よほど嫌悪感がないかぎり、どうでも良かった。
しかしロランド家の跡取り娘として、第一王子など条件として論外だった。それにその国の特産物が羊毛では食べ物に結びつかない。
ではどんな男性が好みかというと、自分に持っていない技術や知識などを持ち、ロランド家に婿養子に入ってくれて、一緒にロランド領を発展させてくれる人。
そして、リリス自身も自覚している自分の気の強さを受け止めてくれる男性なら、なお良い。
リリス個人の好みなのか、ロランド子爵令嬢としての好みなのかリリス自身もよく分からなかった。
しばらく目を閉じて、ハシームの事を精査したのちに、ゆっくり瞳を開いて答える。
「ハシーム王子 (羊毛)には申し訳ありませんが、あまり、魅力を感じませんね」
「え!」
思いがけないリリスの返答に驚くシャーロット。そしてその周りから、口々に驚きの声が上がる。
「何が、不満なのですか?」
「やっぱりジル王子が⁉」
「あんなイケメン他にはいませんわよ!」
いつの間にかリリスの周りにはシャーロットだけでなく他の令嬢達が集まっていた。どうやらリリスがハシームの事を考えている間に集まってきていたようだった。
そして、集まったお嬢様方は口々にリリスの答えに各々異議を唱える。
あまりの周りの勢いに思わず、助けを求めてシャーロットを見ると、シャーロットがリリスの両肩をガシっと掴んで顔を近づける。
「リリス、あなたはハシーム様の魅力が分からないのですか⁉ 大人と子供の魅力を兼ね備えている上に、あの異国風の美形。男らしさと優しさとユーモアを兼ね備えた性格。高身長に引き締まった体。男らしい大きくて長い指。それなのに何の魅力も感じないなんて」
「あ、ロッティ、鼻息が荒いですよ。ちょっと落ち着いてください」
興奮して顔を近づけながら力説するシャーロットを、リリスは落ち着かせようとする。その姿はまるでマリウスと個人的に話している時のように興奮していた。
シャーロットはてっきりマリウスのような見た目のショタが好みで、ジルやカイルのような同い年には興味がないものだと思っていた。そんなシャーロットがハシームにここまでの評価を下すのに、正直驚きを隠せなかった。
そして、これまでサリーにジルとカイルが二強だと聞いていたため、他の人たちまで、ハシームに関してここまで好意的な感情を抱いているのにびっくりした。
「あ~ら、ジル王子に夢中な田舎娘にはハシーム様の魅力が分からないのですね」
それまでおとなしくしていたカトリーヌがしゃしゃり出てきた。
ジル派だと思っていた伯爵令嬢のカトリーヌは、実は自分が名前すら覚えてもらっておらず、それどころかポッと出の子爵令嬢のためにジルに怒られてから、かなり落ち込んでいる様子をリリスは見て、少し同情していた。
それがいつの間にかハシームに夢中になっていたのだった。
それはカトリーヌだけではなかった。シャーロットはもちろん、サリーを含めてここにいる全ての人間がハシームに夢中になっているように感じる。リリスとコレット以外は。
「悪い人ではないと思うのですが、皆様が言うような魅力は感じない私がおかしいのですかね?」
「ありえないですわ。ハシーム様の魅力が分からない女性がいるなんて」
「ハシーム様ってそんなに魅力的な殿方なのですか? お兄様以上に」
コレットの不用意な一言でハシーム教徒に火がついた。
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