第21話 コレットの治療
「お待たせしました」
「何だ、あれだけ言っておいて結局、粥なのか?」
ジルはリリスの持ってきた料理を見て早速文句を言う。それを全く無視して、コレットの所へ持って行く。
「……これは?」
コレットはトレイに乗せた料理を見て、確認する。
深皿から湯気が上がり、うっすらと白いお湯の中にやわらかそうな白と茶色の米が見える。その隣の小さなお皿には、ほんのりとニンニクの匂いが立つ豚肉のそぼろが乗っていた。
「玄米粥と豚挽き肉のニンニクそぼろです。同じお米でも玄米は栄養が豊富です。そぼろは調味料代わりにお粥に混ぜてお召し上がりください。あと、決して無理はしないでください。吐いてしまっては意味がありません。食べられる量で結構です。量はそのうち少しずつ増やしていきましょう」
そう言うとリリスはスプーンにお粥を取ると、少し冷ましてコレットの口に運ぶ。
「ちょっと待て! そんな熱い物を食べさせたらやけどをするだろう」
ジルがあわてて口を出す。
この屋敷に来てからリリスはずっと思っていた。ジルはコレットに対して過保護なのではないだろうか? それが、今回の病気を引き起こした原因の一端だと推測する。やけどを恐れて暖かくして食べるものを、冷たくして食べさせる。コレットが好むものだけを食べさせるなど、一見コレットのためを思ってやっているようで、コレットの害になっているのではないだろうか。
「殿下 (軍事)、あなたは少し黙っていてください。これ以上口を出すようですと、部屋から出て行っていただきますよ」
リリスはジルをにらむように言い放ったあと、コレットには優しい母親のような口調で食事を勧める。
「さあ、コレット様、温かい料理は温かいうちに召し上がってください」
コレットは恐る恐る一口食べると、ゆっくりと咀嚼して飲み込む。
「美味しい」
そう言うとコレットは自らスプーンを取って食べ始めた。
「ゆっくりで結構ですよ。急いで食べるとお腹がびっくりしてしまいますからね。あと、熱いですから気をつけてください」
「だから、俺がやけどに……」
そう言いかけたジルを、黙れと言わんばかりに睨みつけるリリス。その迫力に思わずジルは黙って見守るしかなかった。
「いつもよりお米の味がはっきりしているような気がします。それにこの汁にほんのりと味が付いていて美味しいです」
「魚のアラ出汁を取っただし汁で作ったので、その味ですね。コレット様はあっさりとしたお味が好きそうでしたので……あと、このお肉をちょっとお粥に混ぜて食べていただければ、良いアクセントになりますよ」
リリスに勧められるまま、肉そぼろを少し取り、お粥と一緒に食べると、コレットは目を大きく見開いた。
「これ、お粥だけじゃなくてふつうのご飯にのせて食べたいです。でもご飯はだめなのですよね……」
「白米だけじゃなくて、おかずもちゃんと食べれば、大丈夫ですよ。でも、体が良くなるまではしばらくは玄米ですが」
リリスはにっこりとコレットに笑いかける。
「良かった~」
大好きな白米を食べられないのかと心配していたコレットは、リリスの言葉を聞いて笑顔で答えた。
美味しそうに食べるコレットを見て、ジルが溺愛するのがリリスにも分かる気がした。
痩せ細っている今ですら隠せない愛らしさ。病気が治って、顔色も良くなれば天使のように可愛らしくなるにちがいない。コレットを見ながらそんな妄想をしているリリスにジルの心配そうな声が現実に引き戻す。
「これで、コレットは良くなるのか?」
「そんなにすぐには良くなりません。少しずつ栄養のあるものを取っていただきます。まだまだこれからです。しばらく、わたしも通わせていただきます。それと、殿下(軍事)!」
リリスはジルに詰め寄った。
「な、何だ!」
「殿下(軍事)も無理はしないでください。コレット様の為に殿下(軍事)が倒れては元も子もありません」
「何を言っている。俺のどこが無理をしているというのだ」
「目の下のクマ、充血した目。完全に寝不足ですよね。朝はコレット様の為に医者や薬を探し、昼は学院に登校していますので、恐らく夜遅くまで公務を行っているのでしょう。殿下(軍事)もろくに食事をしていないでしょう」
「‼」
リリスの言うとおりだった。時間の許す限りコレットのために医者を探した。そのために削れるのは睡眠時間と食事の時間だった。睡眠不足に栄養不足のジルはどんどん心の余裕を失っていたのだった。
「コレット様のことは私に任せて、殿下 (軍事)は安心してお休みください」
包み込むような笑顔で言われたその言葉は、なぜか張り詰めたジルの心にすっと入り込んだ。
「分かった。お願いする」
ジルは素直に頭を下げた。
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