第10話 五年前 マリウスとの出会い
その男の前に、尻餅をついている男がひとりいた。三十代後半で、少し太めの筋肉質な体つき。剣を前に、そのいかつい顔には眉間のシワが深く刻まれていた。
「危ない!」
思わずリリスは剣を持つ男の前に飛び出しながら叫んだ。
「もうやめて!」
「リリー!」
「え?」
金髪の男性がリリスを「リリー」と呼んだ。まるであの老人のように。
一瞬の隙だった。尻餅をついていた男が立ち上がると、リリスを羽交い締めにする。
「離れろ! この娘っ子がどうなってもいいのか⁉」
尻餅をついていた男こそ山賊の長だった。
「もう、諦めろ。残っているのはお前一人だ」
剣を向けながら山賊を説得するも、聞く相手ではなかった。
「うるせい。この娘っ子は姫さんだろう。ならば領主から金を巻き上げられる。これで、みんな飯が食えるんじゃ!」
「こんなことをしても一時しのぎだろう。そのうち殺されてしまうぞ」
「それでも今日の飯が食えなきゃ、どうせ死んじまうんじゃ! 今、死のうが、明日死のうが一緒じゃ!」
「じゃあ、みんなが食べて行ければこんなことを止めていただけるのですか?」
羽交い締めをされながらリリスは男に問いかける。
「そ、そりゃあ、わしらだって真っ当な仕事で飯が食えるなら、そうしたいわい」
「じゃあ、わたしがあなたたちを雇います。今回の件は罪に問わないよう、お父様にお願いします。ですからこんなことは止めてください」
リリスの突然の提案に、山賊の男は口をほかんと開けたまま、しばらく黙り込んだ。──そして、突然笑い始めた。
「姫さんよ。いくらあんたが貴族様だとしても、まだまだ娘っ子だ。そんなあんたにどこにそんな金があるんじゃ?」
「わたしはロランド家の一人娘です。将来的にお父様の資産は全てわたしが継ぎます。ですから、その一部を前借りいたします。そのお金であなたたちを雇います」
「……その金でわしらに何をやらすつもりじゃ? そっちのが言ったように、ただ金だけもらっても、そのうち金は底をつくぞ」
「……それはこれから考えます。わたしに知恵を貸してください。お願いします」
山賊の男はあきれた。子供の浅知恵と言えばそれまでである。それよりもあきれたのは、今、まさに羽交い締めをして、殺されるかもしれない相手に、知恵を貸せと言う。命乞いではなく。
笑い声が響く。
剣を持った金髪の男が大笑いをしていた。
「おい、若造。こんな小さい子にここまで言われて、大人としてのプライドはないのか? リリスさま、儂で良ければ力になりますぞ」
「ありがとうございます……でも、あなたは?」
「儂か、マリウスじゃ。先ほど行き倒れを助けてもらった」
「え⁉ 先ほどはおじいさんだったはずでは?」
「詳しい話は後だ。それで、そっちの男はどうする? これでも儂は多くの国を旅してきた。その知識を貸してやろうと言っているのだがな」
山賊の男はマリウスをじっと見ていた。マリウスが山賊仲間に触れるたびに、少しずつ若返り、仲間が倒れていったのを目のあたりにしていた。
ただ者ではない。
魔物や悪魔の類いかもしれない。
しかし、このままでは人生の行き止まりになってしまうと、男にも分かっていた。ならば、この男と姫さんに賭けて見ても良いかもしれない。男は思った。
「わかりやした。ただし、約束は守ってもらいやすぜ」
そう言って山賊がリリスを離したときだった。
「今だ! 放て!」
遠くから状況を見ていたロランド子爵が護衛騎士に命令した。リリスたちの約束など、知らぬままに。
矢が一本、山賊の男に向かって射られていた。
やはりか。それを見た山賊は、どちらかというと納得していた。自分が行ったことは犯罪行為だ。それに対する当然の結果だと……。そう思い、山賊は目を閉じた。
「だめ!」
リリスは両手を広げて山賊をかばう。
矢はリリスの胸に刺さった。ほとんど胸の中心、つまり心臓のある場所に。
「リリスっ!!」
誰かが叫んでいる。
そう思いながら、リリスは静かに目を閉じた。
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