第6話 勇気を出して

 家の前まで着いた。走って帰ってきたせいもあるけど、これから俺の気持ちを母さんに伝えることを考えると、胸がドキドキして止まらない。


 母さんのことを考えると、このまま紙袋を隠して今日のことは無かったことにしてしまおうか、と思ってしまう。


 ——でも


 俺は首を振った。


 でも、俺はけん玉が大好きなんだ。今まで隠してきたけど、もう隠したくない。片瀬さんからもらったバトルギアで、堅翔や色々な人とバトルをしてみたい!


 それに、ここで逃げたら、せっかくバトルギアをくれた片瀬さんにも失礼だ。


 勇気をもって頑張ろう。


 鍵を開けて、ただいまの挨拶をするとリビングから母さんがやってきた。


「剣城、遅かったわね。心配したじゃない」

「……ご、ごめんなさい」

「いいけど——ところで、その紙袋、何?」

「あっ、えっと、これは……」

 

 母さんから紙袋のことを言われた瞬間、心臓がドキッと飛び出るかと思った。


 けん玉バトルギアのことを説明することに緊張して、うまく言葉が出てこない。


「何を隠しているのかしら!」


 怒ったような顔で母さんが近づいてくると、紙袋を俺から奪い取って中身を勝手に出してしまった。


「……剣城、コレどうしたの?」


 母さんの顔を見ると、身体が震えてきた。怖くて逃げ出したい気持ちになる。でも、俺の気持ちを母さんに伝えるって決めたんだ。


 ——ここで逃げちゃだめだ。


 深呼吸をしてから、母さんをしっかりと見つめ返す。帽子のつばを手でギュッと握ってから俺は母さんに今日のことを伝えることにした。


「今日、近くのけん玉教室で手伝いをしたんだ。そのお礼で教室の人からもらったんだ」

「けん玉!? あなたまだ——」


 母さんが怒った口調で俺に言ってくる。だけど、顔は悲しそうな表情をしている。俺が今まで嘘をついていたからだと思う。


 そんな母さんの顔を見ていると、胸が苦しくなってくる。


「嘘ついてごめんなさい」

「だったら——」

「でも!」


 母さんが何か言おうとしたけど、今日は俺の気持ちも伝えたい。俺が大きな声を出したからか、母さんは驚いた表情になった。


 あんまり母さんに、大きな声を出したことはなかったからかもしれない。


 驚かせちゃったのはいけないことだけど、俺は母さんに伝えないといけないことがあるんだ!


「……俺はけん玉をするのが好きなんだ。バトルギアを使って友だちとバトルだってしてみたい。だから——」


 とここまで言って、俺は頭を下げた。


「——けん玉をやらせてください! お願いします!」


 母さんは何も言ってこない。だけど、母さんが何か言うまで俺も顔をあげない。許してもらえるまで。


 少しの間、俺も母さんも喋り出さなかったけど、母さんがため息をついた。


「……剣城、顔をあげなさい」


 ゆっくりと顔をあげると、母さんは腕を組んで、じっと俺を見ていた。もう怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。少し、優しい顔をしていた。


「やっぱり、あの人の息子ですものねぇ。剣城、あなたがけん玉を私に隠れてやっていたのはぜーんぶ知ってるわ」

「えっ!?」

「こそこそしていても、あなたがやっていることぐらいお見通しなんだから!」


 片瀬さんの言う通りだ。親は子どものやっていることなんて全部お見通しみたいだ。


「でも、とうとうバトルギアを自分でもらうところまできちゃったか……」

「……ごめんなさい」


 俺が謝ると、母さんが頭に手を乗せてきた。


「謝らなくていいわ。ほんとはずっと、けん玉をやってるあなたの姿を見てて……ちゃんと向き合わなきゃって思ってたのに。私の方こそ、ごめんなさい。」


 母さんに謝られて、どうしようと思っていると母さんが微笑んだ。


「もぉ、本当に剣城は優しい子に育ったわね——そんなあなたなら、けん玉バトルギアを持っていても大丈夫かな」

「本当!?」


 嬉しくて大きな声を出してしまったけど、母さんは気にしていない様子だ。


「だけど、一つ約束をして」

「……約束?」

「家のお手伝いと学校の勉強はちゃんとやること! あの人のようにけん玉のことばかり考えていたら——すぐに没収だからね!」


 家の手伝いと学校の勉強をすれば、けん玉をやっていいんだ!


「わかった! 絶対に守るよ!」


 嬉しくなって、思わず母さんにギュッと抱きついた。


 ——これから、俺のけん玉バトルが始まるんだ!

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