第23話 サキュバスの胸で癒されてたら、竜将軍がつがいを傷つけられたとブチギレた件

ようやく落ち着いて、俺はまだラナの胸に顔をうずめたまま、動けずにいた。


指の間から感じるのは、絹のようにしなやかな肌。

頬を押し返してくる柔らかさが、心の底にまで沁みていく。


鼻先をくすぐる、ほんのり甘くて懐かしい香り。

たぶん、焚きしめた香草と、ラナ自身の匂いが混ざったものなんだろう。


耳の奥には、どくん、どくんと規則正しく刻まれる鼓動。

それが俺の荒れた呼吸を包みこみ、静かに整えてくれる。


……まるで、


ひとときだけ世界のすべてを忘れさせてくれる、柔らかな聖域のようだった。


魔族につくべきなのか、人間につくべきなのか。


もう、誰も傷つけたくない。

──それが、甘いかもしれないとも思っている。


見透かしたように、ラナが言った。


「でも、せんせぇは、今のままがいいんだよね」


──そう。人間でも。魔族でも。

治療が必要なものたちに等しく。

医術ギルドにも与したくない。

軍医長にもなりたくない。


それが俺の望みだった。


「なら、それがいいよ」


ラナが、そっと俺の髪に口づける。

ぬくもりと香りと、鼓動と、優しさに包まれながら。


俺は、ようやく、ひとつの決心を抱きしめるようにして、目を閉じた。


***


翌朝、診療所にはまだ、焦げた匂いが残っていた。

裏手の棚は黒く炭になり、薬草のストックも多くが燃えた。


何より──ラナのやけどが、俺の胸に深く残っていた。


「せんせぇ、診療所の入り口、これでいいかな?」


ラナが包帯を巻いたまま、ほうきと板切れを持って振り返る。


「無理はするなよ。……まだ痛むだろ」

「うん。だいじょうぶだよ♡」


笑ってみせたラナの笑顔が、昨日より少しだけ柔らかく見えた。


こいつ、こんなに可愛かったか──一瞬そんなことを思って、俺は小さく首を振った。


(……いや違う、患者だ。患者だぞ)


俺は診療所の中に戻り、焦げた机の下から黒くなった診療録を拾い上げる。

ページの半分は焼け落ちていた。


けれど、墨の滲んだ字をなぞる指先は、確かにここに生きた日々を覚えていた。


「……大体、覚えてるな」


そこに、扉の外から声がした。


「セレン、ラナ。無事か?」

振り返ると、そこにはアスリナがいた。


「ああ、ラナが火傷をしたが、大丈夫だ」

のとき、不意にアスリナの眉がぴくりと動いた。


「……セレン、その額の傷」

「ああ、ちょっと火の粉が当たって……大したことは──」

「それは……誰の仕業だ?」


低く沈んだ声だった。その場の空気が、ぴたりと凍る。


「……まだ、はっきりとは分からない。でも、多分、医術ギルドの……」


そこまで言いかけたとき、アスリナの気配が変わった。

その背後にあった魔力が、ふつふつと沸騰しはじめる。


「わしの“つがい”に傷をつけたと?」


アスリナの瞳が、灼熱の金色に燃え上がる。

その足元から、地を這うような魔力が溢れ、焦げた床をビリビリと震わせた。

まるで竜の咆哮が、腹の底で唸っているようだった。


「愚かな人間どもめが……」


その声は低く、冷たく、けれど確実に怒りで震えていた。


「街ごと、壊滅させられたいか?」

「ちょ、ちょっと待て、アスリナ!」


俺は慌てて手を広げて立ちふさがった。


「お、落ち着け、大丈夫だ……! ほんのかすり傷だ!

 それに、まだ断定は──」

「……止められると思うなよ?」

「止める!止めるから!だからせめて、燃やす前に一度話し合おう!」


アスリナの口元はまだ引きつっていたが、

ラナが「せんせぇ、人気者だねぇ♡」と笑って割り込んでくると、

彼女はようやく落ち着いた。


やれやれ、と俺は深くため息をついた。

──朝っぱらから、命がいくつあっても足りない。


***


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