スラムの転生孤児は謙虚堅実に成り上がる〜チートなしの努力だけで掴んだ、人生逆転劇〜

鳥助

第一章 スラムの孤児

1.転生

 頭の後ろが痛い。何か固いものにぶつけた後みたいな痛みだ。もしかして、駅の階段から落ちた?


 ……でも匂う。この匂いは絶対に駅じゃない。


 鼻を突く刺激臭。生ゴミが腐ったような、酸っぱい匂いと甘ったるい悪臭が混ざり合っている。魚の内臓を何日も放置したような、どこかぬるついた匂いだ。


 むっとする空気は鼻腔の奥にへばりついて離れない。その匂いに耐え切れず目を開ける。見えるのは曇った空と石で出来た壁、それとゴミが山と積まれた箱だ。


 ……ここはどこ? 痛む後頭部を抑えながら体を起こした。周囲を見渡してみると、ここは建物に挟まれた路地だということが分かった。


 その路地にはゴミが山積みになった箱、地面にはそのゴミが散乱していた。……ここは駅じゃない。それどころか、日本らしくない。


 思っていたのとは違う現実に混乱する。確か……出勤して、満員電車に揺られて、目的の駅で降りれなくて、仕方なく次の駅で降りて急いで階段を……。そこで記憶が途切れる。


 代わりに思い出してきたのは、劣悪な環境で生きてきた日常。親が殺され、家を出て行かなくてはいけなくなった。そこで流れ着いたのが、スラムだった。


 ……そうだ。あの時から、私はスラムで生きていた。


 舗装なんてされていない、ぬかるんだ地面。崩れかけた建物が斜めに並び、屋根の代わりに布や板が乗っている。水は濁っていて、匂いは最悪。ゴミは掃除されることなく積み重なり、そこに虫やネズミが湧く。


 汚れた子どもたちが裸足で駆け回り、大人たちは無気力に壁にもたれている。怒号、咳、泣き声。時折、喧嘩や悲鳴も混じって、昼間なのに夜みたいに陰鬱な空気が漂っていた。


 そんな場所で、私は生きていた。そして、今――転生したことを思い出した。


「まさか、転生した先がスラムの孤児だなんて……」


 がっくりと項垂れる。前世よりも良い環境になるどころか、とても悪い環境だ。体は細いし、弱弱しい。


 もしかして、魔法が使えるとかないかな? そう思って、意識を集中してみた。だけど、体には変化はないし、何か不思議な力を感じることもなかった。


 えっ……ということは、自分は力のない非力な少女ってこと?


 改めて自分の体を確認する。髪色はくすんだ紺色、それが肩を越えて伸びている。立ち上がって自分の身長を見て見る。百三十センチくらいかな? じゃあ、年齢は十歳くらい?


 そういえば、名前! 名前は……そう、私の名前はルア。十歳くらいの少女で名前がルア、これが今の私だ。


 こんな体でこれからどうやって生きて行こう……。スラムに住んでいるから、仕事とか出来ないのかな?


 ――そう思った時だ。


「あっ! スラムの子供! またゴミ箱の中身を散らかしやがったな!」


 路地の向こう側から怒声が響いた。驚いてそちら側を見て見ると、台車を押した大柄な男性が怒りの形相で近づいてきた。


「こんにゃろうっ! こんなに散らかしやがって!」

「ご、ごめんなさい!」

「片づける身にもなってみろ! さっさといなくなりやがれ!」


 そうか、この周辺がこんなに汚れていたのは私がゴミを漁っていたからなんだ。そして、この人はゴミを回収しに来た人。その人の手間を増やしてしまったみたい。


「あの! 汚したところ、綺麗にします!」

「……あぁ?」

「今、片づけますね!」


 私がやったことなんだから、片づけなきゃ。私はすぐに落ちているゴミを拾い上げて、ゴミ箱の中に入れていく。どれも汚れていて臭いものだけど、自分の手に汚れや匂いが付いても手を止めない。


「お、おい……」

「もう少しで終わります!」


 その男性が戸惑いがちに声をかけてくるが、私は動きを止めずに動き続けた。空腹でお腹が痛いけれど、それを気にしている余裕はない。とにかく、この場を綺麗にしなくっちゃ。


 黙々とゴミの片づけをしていくと、路地はゴミ一つ落ちていない状況になった。これなら、許してくれるかな?


「あの、片づけ終わりました。これで、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……」

「私はこれで失礼します!」

「お、おぅ……」


 深々と頭を下げると、私はその場を立ち去った。

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