第20話 「刃心」

 ──久しぶりだな。『輝夜姫』。


 そう呟いた瞬間、鞘を眺める視界が揺れた。


 風が生温かいわけじゃない。手が滑るほど汗ばんでもいない。

 ただ……この刀に触れることへの“抵抗”が、私の首筋に脂汗を滲ませていた。


「……試験運用のとき以来だな」


 《忍》者専用対吸血鬼特化型足、略称『忍具』。

 吸血鬼の遺灰から作られる、吸血鬼を狩るためのパワードスーツだ。


 この忍具の本質は刀ではない。

 いまは鞘の形をしている具足。

 『輝夜・十二式』と銘打たれた、忌まわしき真祖の形見である。


「真祖を狩るため、真祖の力を使う……因果なものだよ、本当に」


 それも妹や恩人たちの仇の力を、なんてな。


◇◇◇


 私の話を聞いてくれたのは、とある自衛官だった。

 中年の女。ブルドッグのような凶暴そうな顔に見合う勝ち気な人だった。


「陽の下に生きてる連中は、誰も鬼なんざ信じねえ」

「なら親なしのテメェは生きるために、家族の仇を討つために、陰に飛び込むしかねえだろうがよ」


 当時の私は何もわかっておらず、「話を聞いてくれた」というだけで、この人──かすみ師範代に二つ返事をしてしまった。


「テメェの仇はな、『輝夜姫』って鬼だ」

「かぐやひめ、なのに……鬼?」

「そういう名前なんだよ。奴は神様のフリして人に近づき、『お願い』を叶えるフリして鬼に変える。それを“奇跡”だって信じてる奴も多いからタチが悪い」

「奇跡……こゆきが、鬼になったのが!?」

「これが現実だよ。ずっと昔からそうなんだとさ。そんな真理教みたいなカルトが根付いてるもんだから、総理大臣だって、奴を神様仏様って崇めてるんだとよ」


 この世界は腐っている。齢7歳にして知った現実だった。


「お前さんの妹の肌、紙みてーに白かったっつってたな。ありゃ輝夜姫の手下の証だ」

「……だったら」

「お前も忍者になるしかねえ。とくべつ厳しくしてやるから覚悟しな」


 訓練は地獄だった。

 体力訓練、標高500mの山を登頂。

 同時に戦闘訓練もあり。木々に紛れた師範代の猛襲を避けなければ全身複雑骨折だ。もちろん骨が折れたら無理やり直される。


 ほかにも、真冬の川に逆らいつつ滝登りをする。

 丸太を担ぎながら綱渡りをする。

 1kmはなれた的に手裏剣を当てる(外れたら秘伝の激痛目薬。1適で色々冴えて眠れなくなるし、3滴で冴えすぎて頭が爆発)、などなど。


 過酷すぎる訓練に耐えきれず、まだ7歳のガキはいつも泣いてばかり、弱音を吐いてばかりいた。

 そのたびに霞師範代に殴られ、詰られ……。


「ましろちゃん、また一緒に怒られちゃったね」

「……ありがとうございます」


 一緒に弱音を吐いてくれたのは、3つ上の『音々ねねさん』だった。


 私にとって、音々さんは姉みたいな人だった。

 いつも穏やかで、誰かを想えて、それでいて本当に強い。

 ずっと私の目標で……間違いなく、彼女は私にとってヒーローだった。


「ましろちゃんは、なんで修行を頑張っているの?」

「……鬼を殺すためです。おとうさん、おかあさん……そして、こゆきみたいな人を生みたくないから」

「それって本当の気持ち?」


 ドキッとした。本当は修行なんてしたくないし、忍者になどなりたくなかったからだ。


「でも、そうじゃないと……生きて、いけませんし」


 身寄りのない子供が生きていくには、何だってやるしかない。

 忍者としての役割が与えられているだけ、まだマシなのだ。そう自分に言い聞かせていた。


「ちょっとひどいかもだけど……ましろちゃんは、なんで生きているの?」

「……わかりません」


 でも音々さんは違った。

 いつも日曜日、訓練のない日を楽しみにしていた。


「私はね、御免ヤイバーを追うために生きているの。めっちゃくちゃ俳優さんもカッコいいし、それを邪魔されたくない。だから訓練も頑張れる」

「……そういや、私も観てました。こゆきと一緒に、ヤイバー頑張れ、って言うときが……本当に、楽しかった」


 いつも暗い私でも、その時間だけは何もかも忘れられて明るくなれた。


「ましろちゃん、笑った!? 笑ったよね!?」

「え、そ、そうですか?」

「うん笑ったよ! ならさならさ、これからは一緒にヤイバー観ない!?」


 あのときの音々さんのパァッとした顔を、私は絶対忘れない。


「……わかりました。私で、よければ」

「やったー! 学校でもみんなヤイバー卒業しちゃって、一緒に観る人いなかったんだよー!」


 それから私も音々さんを真似て、陰のヒーローを目指すようになった。


◇◇◇


 だけど3年前。

 輝夜姫との決戦で、まず霞師範代が亡くなった。


「ガキを先に死なす大人が、どこにいるってんだ……ッ!!」


 私たちに厳しくしていた理由は、彼女も輝夜姫に夫と息子を奪われたからだった。

 それを知った私たちは狂乱し、突撃し……輝夜姫に良いようにされ続けて、ほとんどが玉砕した。


「ましろちゃ……」

「音々さんッ……くっ!!」


 その中には、音々さんも含まれていた。


 他にもいる。

 酒浸りだがいざというとき頼れる上忍の先輩。生意気だが天才だった後輩。吸血鬼と化した親友に人生を壊された同期。

 他にも……たくさんいる。


 それだけの人間が、それだけの命が、それだけの繋がりが──輝夜姫、ただ1匹に壊されたのだ。


「ハァ、はぁ……!」


 1秒の間に10もの命が潰える屍の道を走り続け……ついに、私は、奴の首に王手をかけた。

 純白の十二単に身を包んだ、黒髪姫カットの真祖。

 皆が命を賭して、考えうる限りの腱や筋を手裏剣で断ち、再生できなくしたところで……ようやく倒れた奴の首に、刃を向けることができたのだ。


「……おわ、りだ。私たちの、勝ちだ」


 満身創痍。視界がぼやけ、声も掠れ、肌は生傷とアザだらけ。

 命の灯火が消えかけてなお、奴への復讐心のみで立ち続けて勝ちを拾ったあの時を、私は死んでも忘れることはないだろう。


「……すごいなぁ。東雲こゆきちゃんのお姉さん、こんなに強かったんだ」

「覚えて……いるんだな」

「わたしを信じてくれる人を、忘れるわけ……ないよ」

「ならなぜ。こゆきを鬼にしたッ!!」


 慟哭。だが帰ってきたのは、シルクのように耳触りの良い綺麗な声だった。


「……『おねえちゃんを守れるくらい強くなりたい』。その願いに、わたしは応えたかったの」

「それで、おとうさんと……おかあさんは」

「うん。でも、


 なんで、そんな詭弁を綺麗な声で吐けるんだよ。

 その美しい見た目に反して、中身は形容し難いほどグロテスクじゃないか。

 刀を握る手に力が入りすぎて血が出てきた。もう傷だらけだ、いまさら関係ないが。


「わたしを殺してもいいけど……わたしを信じてる人たちは、どうなるだろうね」

「知るか、聞きたくもない……皆の、仇だ」


 その言葉を最後に、私は輝夜姫の首を刎ねた。

 『首狩り白兎』と呼ばれるようになったのは、それからだ。


◇◇◇


 吸血鬼は死ぬと、塵になる。

 もろちん真祖も同じだ。


 そしていま、目の前にあるのは……皆の仇たる真祖から作られた、“白兎専用”の忍具。


「……ったく、情けないよな。私も」


 二度と見たくないと思っていたのに、ピンチになったらコイツに頼るなんて。


「それでもな。私はこの街を守る責務がある」


 私が化物ではなく、人間であるために。

 そして日常で暮らす、エリザを守るために。

 もう二度と……一緒にヤイバーを語れる同胞を失わないために。

 私の“弱さ”という罪を償うために。


「──だから罪滅ぼしに付き合え。クソ生命体が!!」


 柄を握る。

 瞬間、右腕から手のほうへ血の熱が吸い寄せられた。


「っぐぅうううう!!」


 忍具は吸血鬼から作られているんだ。

 そのエネルギーは、

 真祖由来だと、外付けのエネルギーパックだけでは足りないらしい。


「欲しがりめ。仇の血も飲みたいか!!」


 いいよ、ならば契約だ。

 糧を寄越すから、力を寄越せ!!


〈ゴトゴトゴト……バキッ!〉


 ようやく目覚めたか。

 剣身を固く包み込んでいた純白の鞘が開いた。開いた箇所からまるで血管のように、突き刺すような光が溢れていた。


 ゆっくりと、剣先を地に、柄の頭を真っ直ぐと月のほうへ向ける。

 瞑想。いつもより深呼吸が長い。コイツを使うことへの生理的嫌悪感は、私の認識以上なんだろうな。


 それでも。

 これ以上、大切な人を守れずにいてたまるか。


「──出陣ッッ!!」


 掛け声と共に目を見開き、剣先を地面に突き刺した。


【抜刀】


 鞘が割れて破片が飛び散る。

 それは私の周囲を漂い、そしてプロテクタのように身体を包み──防護膜のような白いスーツが、全身を覆うように展開された。


【輝夜・十二式】


 手には、蓬莱の枝を模した金銀の七支刀。

 純白の十二単を模した、具足……というより、パワードスーツ。

 まるで──御免ヤイバーのような、スーパーヒーローを彷彿とさせる造形だ。

 こうでなきゃアガらない。


【切捨──御免】


 忍具から放たれる装着音に合わせ、構えを取った。


「陰の無法には、陰の無法を」


 さあ──鬼退治の時間だ!!

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