第12話 対怪異ニーハイソックス『怪異ばっちり消し消し君』

「お兄ちゃんを返して! あんたたちがいなければお兄ちゃんは私のものだったのに! お兄ちゃんも帰ってきて! 心が溶けて私と一つになるまで甘えさせてあげる! 護ってあげる!」

「落ち着け凛! 十分にお前には感謝している! それに、俺が実家を経つ直前の一か月はお前がやりたいってずっと言ってた『一か月凛の部屋で軟禁生活24時』をやったじゃないか! それじゃ足らなかったのか?」

「出て行くって知ってたら、軟禁中にもっといろいろやったもん! 理性なんてかなぐり捨てて、お兄ちゃんの尊厳とそこに繋がる性的なアレコレをめちゃくちゃにして私から離れられなくしてたもん! それでもどうにもならなかったら、お兄ちゃんの自我を奪う装置作ってたもん!」

 怖い!

 一か月なのに24時ってどういうこと!?

 トイレとかお風呂どうしてたの!?

 軟禁だからそこは柔軟にやってたのじゃないよ私どうした落ち着けそこは気にするところじゃないじゃんねぇ!

 ねぇ?

 もうやだ。

 なんでなん?

 なんでこんな奴らばっかり周囲に集まってくるん?

 怪異の私が霞んじゃうんだよぉ。

「あの! もう一回蹴ってみてくれませんか!? 見えるかもしれないので! 見えるかもしれないので!」

 この流れに割り込む口裂け女の方がよっぽど怪異然としてんなぁ!

 知らんけど!!!

「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい!!!」

 ダンダンと少女(?)は足で地面を強く踏み鳴らす。

 通常、人間の力では抉れないはずのアスファルトが、まるで豆腐のように抉れていく。

 これ、ムエタイとかそういうレベルじゃないって。

 隔世遺伝じゃなくて、覚醒遺伝では?

「こっちの話を聞く気がないなら、無理やりにでもお兄ちゃんを連れ戻す。もちろん、後ろ髪引かれないよう、そこの怪異たちは消し炭にしてからね。私が開発した対怪異ニーハイソックス『怪異ばっちり消し消し君』で!」

 装置命名センス。

「それだけは絶対にさせない!」

「恭介さん素敵!」

 瞬間、妹(暫定)はこちらとの距離を詰める。

 人間離れした速さでええええええええええええええ怖い怖い怖い怖い!

 私には目で追うのがやっとで、体が反応まではしてくれない。

 そのまま、彼女(彼女?)のとび膝蹴りがこちらを襲う。

「ぐっ!」

 恭介がなんとかそれを両腕で受け止める。

 骨その他もろもろが始め飛んだのではないかというレベルの音が鳴る。

 膝蹴りは届かなかったものの、恭介の後ろ側にいる私たちを強烈な衝撃波が襲う。

「二人ともお怪我は?」

「大丈夫です!」

「な、なんとか」

 そのまま、恭介は妹(謎)を押し返す。

「いくら強くなったからって、お兄ちゃんじゃ私に勝てないよ!」

 着地したと同時に、妹(シュレティンガー)の連撃が恭介を襲う。

 一撃一撃が肉体と精神を抉る重さとスピードを有しているのがわかる。

 恭介はそれら全てを防御するが、あまりにも人智を超えた攻撃の嵐に徐々に体が傷ついていく。

 おそらく時間にして一分ほど。

 しかし、あまりの攻撃密度にそれよりも遥かに長い時間が過ぎたように感じた先で、恭介は膝をついてしまった。

「ぐぅ……」

 恭介からは血と汗が滴り落ち、徐々に足元から染みを広げていく。

「ほら、守ってくれる人はもういないよ。どっちから消えたい? 早く決めてね。私、この後、お兄ちゃんの再教育が待ってるから」

 温度の乗らない瞳と声がこちらを捕らえる。

 私はあまりの圧に動けない。

 同時に、思う。

 どうせ私は消える存在だったんだ。

 徐々に人々からその恐怖も、存在も忘れ去られ、たった一つ残された場所棺桶で何もできず、ただただ過去の栄光にすがるだけの怪異未満に何かに成り下がっていた。

 なのに、恭介に連れ出され、いろんなことに巻き込まれ、なんだかんだ、家の中に居場所を作ってもらい。

 文句を言いつつも私は、それを受け入れていた。

 消えたくないと言いつつも私は、どこか居心地の良さを感じていた。

 怪異だ怪異だと言いつつも、私は既に自身の存在に言いを成せていなかった。

 怪異然とあれていなかった。

 なら、ここで消えるのもありか。

 そうすれば、恭介だってこれ以上傷つくことはない。

 こいつは感謝感謝だって言っていただが、これだけ大切にされているのに感謝が伝わっていないわけがない。

「まったく、器用なんだか、不器用なんだか」

 私はそっと、恭介の頭に手を添える。

「は、花子……さん」

「もう休んでろ」

 消されるのはどうでもいい。

 だが、理由はどうであれ、恭介をここまで傷つけたこと、後悔させてやらないと気が済まない。

 こいつの怪異を想う覚悟、私が見せてやる。

 

 ―――それは私の最後の力

 

 怪異はその存在が消える時、最後の力を振り絞って自身の居場所を作り出す。

 思い出を噛みしめるように。

 自身の存在が確かに現実に根付いていたあの時を懐かしむように。

 作り出す。

「な、なに?」

 妹(敵)は周囲の景色を侵食していく【何か】に動揺を隠せない。 

「無駄だよ」

 私が作り出すもの。

 それは私がいたあの場所学校、そしてトイレ

 目の前の少女(成人)は蹴りを繰り出すが、もはやそれは意味を成さない。

 だって、私は怪異としての終わりを迎えるのだから。

 怪異を消すための攻撃は、終わりに向かう私にとって児戯に等しい。

「ああ、懐かしい」

 私を囲っていく匂い、景色、温度。

 それが全てが懐かしく、そして虚構だ。

 怪異は、現実との繋がりの中で存在しえるもの。

 それを自ら否定するのだ。

 現実と自身を引き留めていた鎖を外し、その存在に終わりを与える。

 この空間が消えるとき、私の記憶も全ての人間から消える。

 怪異とは、そう言うものだ。

 そして、その縛りに巻き込まれたが最後。

 誰も逃げられない。

「あはは、無駄だよ。もう逃げられない。逃げ出せない。私の中で、お前は終わるんだよ。私と一緒に」


 

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