妹参上(疑義あり)

第10話 ドア、だいじょぶそ?

 恭介の暮らす街。

 そこに一人の少女が降り立った。

「お兄ちゃん、ここにいるのね」

 どこぞの高校の制服に身を包んだ彼女は、きゅっと眉根を寄せる。

 やや高い位置で結んだポニーテール、その毛先がふるりと揺れた。

「うん、こっちだ」

 少女のやや吊り上がった目はきゅりっと特定の方向を見据え、その足は迷うことなく踏み出される。

 カツンと、地面と接触するローファーの生み出す音。

 そこには、彼女の強い意思が滲んでいるように感じられた。


 

「なかなかうまくいかないものですね」

 八尺様の顕現した村から帰ってきてから二週間くらい経った。

「恭介さん、大丈夫ですよ! まだまだ怪異はいっぱいいます! それに私たちもなれてきたので、感謝を伝えてもらえる日も近いです!」

「いや、私は全然なれてないぞ」

 あの後も、他の怪異に感謝を伝えに行ったのだが、なんやかんやあって失敗している。

 まあ、それはそうだろうな。

 むしろ、うまく行く方がおかしい。

 私たちはたまたま場所に縛られ、かつ、縛られる場所が限られていた先細り怪異だったからこうして恭介に捕まっている。

 けれど、多くの怪異が場所に縛られているわけはないし、怪異以上に怪異な人間を見たら逃げ出すのも当然。

 ただ、口裂け女の言うように、他の怪異に逃げられこそすれ、私たちはその度に恭介の恭介を見ることになるので、正直、なれてきているというのはあながち嘘ではない。

 辛い。

「ファーストとセカンドがあなたがたで本当によかったです」

 恭介はやや疲労を滲ませながらも笑う。

 いつもハイテンションなこいつの疲れた雰囲気に、私は思う。


 ―――こいつ、仕事してないの?


 と。

 恭介と暮らし始めて一か月くらい経つけど、仕事してるところ、見たことない。

 年齢的に大学生でもおかしくはないから、大学生かなとも思ったけど、そんな雰囲気もない。

 途端、私は不安になる。

 こいつが急に破産とかしたら、ここに住めなくなるじゃん。

 自分の帰る場所も捕捉できていないし、トイレのタイルだけを抱えて生きていくの?

 トイレタイルの花子さんになるの?

 それこそ、意味不明過ぎて一瞬で消えちゃう、と。

「そろそろ試してみませんか?」

 口裂け女は呑気に恭介に引っ付き、感謝を要求する。

 消えてんだけどな。

 足、結構な割合消えてんだけどな。

 要求するたびに体の色んな部位、消えてんだけどな。

 呑気だな。

「はあ……」

 そんな私の不安とため息を蹴とばすように、チャイムが鳴った。

「はーい、どちら様ですか?」

 口裂け女が新妻感満載な声色とテンションで応対をする。

『あ、どうもー。×●運送の者ですー。宅配に伺い……』

 ん?

 ちょっと待て。

 私たちは怪異。

 人間がこちらを認識するには、特定の条件下での接触が必要なはず。

 もしくは霊感的なものがあるか。

 しかし、このチャイムへの応対は口裂け女認識の条件を満たしていない。

 ということは、霊感が……。

「ましたああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 玄関からとてつもなくどでかい破壊音が聞こえた次の瞬間、リビングに繋がるドアが勢いよく開いた。

 いや、何かが突き破ったと言った方が正しい。

 ごろりと、リビングの奥にあるソファの横に何かが転がる。

 見れば、玄関のドアだったらしき鉄塊だった。

「こ、この馬鹿力はまさか……!」

 恭介の顔色が一気に青色に染まる。

 その視線の先にある廊下から一つの影が現れた。

「お兄ちゃん! 私が来たよ!」

「り、りりりり、凛!」

 リビングへと入ってきたのは女子高生と思しき少女だった。

 凛とした顔立ち、そこには己への自信が溢れているように感じた。

「ど、どどどどどっどどどど、どうしてここが……!?」

「どうしてって、私だからかな」

 凛と呼ばれた少女は不遜な笑みをたっぷり浮かべながら腰に手を当て胸を張る。

 たゆんと、ブラウスの下でその柔らかさと豊満さを主張するように二つのお胸様が揺れる。

 一方で、恭介はこれまで見たことがないほど動揺している。

「恭介、この子は?」

「相崎凛。俺の妹、です」

「妹さんですか! 初めまして! 私は恭介さんのセカンドをいただいています口裂け女です!」

「あ、ちょ……」

 突然の来訪、恭介の動揺、怪異という存在の認知。

 様々な疑問に答えが出ていないというのに、内能天気口裂け女は不用意に近づいていく。

「危ない!」

 咄嗟に恭介は口裂け女の手を引いて、自身の方へと引き寄せる。

「ふえ?」

 危機感0の笑顔の前を掠めていくのは少女のハイキック。

 空を切ったそれは、室内に小規模な台風が紛れ込んできたのかと思ってしまうほどのとてつもない風を巻き起こす。

「くっ!」

 恭介は口裂け女に次いで、私を自身の元へと引き寄せ、抱きしめる。

 そのまましゃがみ込み、風とそれに巻き込まれる家具家電の嵐に耐える。

 屈強な恭介でさえ立ちあがれないほどの風を纏いながら、少女は私たちを睨みつけてきた。

「お兄ちゃん、なんで怪異と一緒にいるの? 私の傍を離れて、どうして怪異なんかと一緒にいるの? なんで? 私はお兄ちゃんの幸せを願っているからこそ、私の傍にいてほしいのにどうして離れたの? 私はあんなにお兄ちゃんに尽くしてきたのに。あまつさえ、どうして怪異なんかと一緒にいるの? おかしくない? おかしいよね? 絶対におかしいよね? ねえねえねえねえねえねえねえねえ、ねえ!!!」

「それは……」

「ううん。いいの。お兄ちゃんは悪くない。全てはお兄ちゃんを惑わす怪異が悪いんだよ。絶対にそうだよ。きっとそう。怪異がいなくなれば、お兄ちゃんは私の元に戻ってきてくれるって考えに至ったの」

 少女の目からハイライトが消える。

「まずい! 逃げましょう!」

 恭介は八尺様の時と同じように、私と口裂け女を抱え窓から外へと飛び出した。

「いや、ここ5階いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

「恭介さんすごいですううううううううううううううううううううううううう!」



 部屋に残された少女は不敵に笑う。

「あはは、逃げられると思ってるんだ」

 踏み出した一歩は、確実に兄へと繋がっていた。

 

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