第5話 時を戻せない?
「と、つい先日までの俺ならオナニーしたくてしたくていきり立ってしまったことでしょう」
恭介はパンツから手を放し、不敵な笑みを浮かべる。
「しかし、俺は学びました。あまりにも強い生は怪異を殺してしまう。口裂け女さんや花子さんのように、既にその存在が危うい方たちに俺の
「まあ、それはそうだな。実際、やる気出されただけできつかったし」
今思い返しても少し消えちゃいそう。
私は恭介に近づき、インナーとして機能しているタイルにそっとシャツの上から触れた。
うん、落ち着く。
「そこで俺は考えました。どうすればいいのかと」
ぴしりと名探偵のように人差し指を立てる恭介。
戸惑いつつも、口裂け女は黙って話を聞いている。
いい子。
いや、恭介が何をするのかわからないから怖いというのもあるか。
胸の前で握り締めた両手が微かに震えている。
マスク、取らないのかな。
見てみたいなぁ、素顔。
「まずは俺という存在そのものになれてもらうのが一番なんじゃないのかと」
恭介は一歩、口裂け女に近づく。
そして、そのまま手を伸ばし、マスクを一気にはぎ取った。
「ひん!」
口裂け女は声にならない声を発する。
「ふふ、やはり美しい。あの時、俺が興奮に興奮を重ねたあの時の図鑑の中、そこにいたあたなのままだ」
うっとりとした目で口裂け女を見つめる恭介。
口裂け女の顔は、その名の通り、綺麗に口元が裂けていた。
けれど、そこに怪異特有の圧はなく、ただただそうあるだけ、といった感じだ。
これが怪異なのか?
そう思ってしまうほどの存在と恐怖の希薄さ。
いや、これが
私は自身を見ているようで辛くなる。
これほどまでに恐れを失った怪異は、もはや人間に近いのかもしれない。
そう思えてしまうほどに、口裂け女の存在は弱弱しかった。
「あなたのこの美しさを俺は守りたい。その上で、感謝を届けたいんです」
優しく口裂け女の頬、そしてそこに存在する裂け目を撫でる恭介。
私の時とはえらい違いだな。
もっと叫べよ。
喚けよ。
一日中追いかけ回せよ。
私だけ損した気分になるだろ。
「なので、これでお願いしまああああああああああああああああああす!!!」
恭介は思い切りパンツをずり下ろした。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「なにしてんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫んだ。
私と口裂け女は叫んだ。
いや、私の時と同じだ!
ちょっと最初に誠実さっぽい感じを出した分、私の時よりも酷い気がする。
落差!
落差えぐい!
口裂け女、ビックリしすぎて尻餅着いたぞ。
完全に視線の先に恭介のアレがアレでフリーズしてる!
可哀そうすぎて可哀そう!
殺す気か?
私たち殺す気か?
学んだふりして学んでないのか?
私は咄嗟に口裂け女に駆け寄り、彼女の顔を体で覆う。
見るものじゃない。
アレをこれ以上見たら、消えてしまう。
「落ち着いてください」
そんな私たちの戸惑いと恐怖を他所に、恭介は冷静さを過分に滲ませた声を発する。
なんでパンツずり下ろした奴の方が冷静なんだよぉ。
やっぱり、こいつの方が怪異だよぉ。
「俺のここ、立っていません」
「え?」
私は恐る恐る振り返り、恭介のそれを薄めて確認する。
すると、なんということでしょう。
恭介の恭介は、以前に私と邂逅した時の恭介とは違い、実にしおらしく頭を垂れているではありませんか。
稲穂?
稲穂なの?
実ったの?
「どう、して?」
「言ったでしょう? なれてほしいと。いきり立った俺のそれはあなたたちにとっては今のところ毒でしかありません。しかし、そうではない今、俺のそれはただの排泄器官としての役割しか果たすことができません。つまり、生とは大きく離れた存在だと言うことができます」
理屈が怖い。
そもそも生理現象自体が生なんだよなぁ。
でも、確かにあの時よりも遥かにマシな気がする。
うーん、マシなのか?
あれ?
なれてきてる?
「あの、それを、その、怪異の前で露出するのは初めてですか?」
「ん?」
ふと下を向くと、口裂け女は私の胴体を避けつつ、恭介の恭介を見つめていた。
「ええ! つい先日、花子さんに服の下から張り出したそれは観察されましたが、こうして実際に見ていただくのは今回が初めてです!」
「そ、そうなのですね……」
ポッと頬を染める口裂け女。
「う、嬉しいです。これまで私の大事な部分を見せてばかりだったのですが、こうして大事な部分を見せてくれた人は初めてなんです。しかもそれがあなたの初めてだなんて」
その初めては許容していいの?
いや、確かに口裂け女って本来なら隠したい裂け目を見せてくる怪異だけど、相手方も隠してる部分見せるとこうなるの?
そういう繋がりできちゃうの?
あ、もしかしてお見合いしてる?
露出お見合いしてるの?
「だから私、なれたいです! 大事なところを私に見せてくれた恭介、さんとお呼びしていいですか私は口裂け女ですあなたの生になれて感謝されたいです! もっと、恭介さんのいろんな初めてを見たいです!」
いや、あなたもあなたで自己紹介の入り込み方えぐい。
「ありがとうございます! ありがとうございます!! ありがとうございます!!! さあ、口裂け女さん、存分に見てください! そして俺になれてください! その先の未来で必ずやあなたの前でオ●ニーをして感謝をお伝えします! 約束します!」
「はい! 私も頑張ります! 生は、ちょっと怖いけど、いつかなれてあなたの全てを受け止めたい!」
私をそっと横に置き、口裂け女は恭介のもとに駆けて行った。
そのまま座り込み、恭介の恭介をまじまじと観察する。
地獄か?
ここは地獄か?
え、もしかして、私だけがおかしいの?
そんな不安を抱えながら、時は過ぎて行った。
時を戻せない?
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