第6話 昭和へ
──初めて他人を転移させた。
真夏の昼間の「未来」に転移した灯は、さんさんと元気なお日様と相反して暗い表情をしている。
「…本当にごめん」
黒い甚平を着ている大翔は灯に両手をすり合わせている。
「初めてが大翔様でしたか…」
「…なんか…エロい」
「本当に反省してますか?」
「ごめんなさい」
再度両手を顔の前でスリスリしている旦那様を見上げた灯は嘆息する。
「戸を開ける時は必ず一言かけてからにしてください…常識では?」
「ごめんなさい。慣れてなくて…」
大翔は片目を開けて灯の顔をそっと見下ろす。
許しを請う顔も美形男性そのもの。
甘ったるい顔を向けてくる。
イケメンはどんな顔してもイケメン。
そういえば今いる昭和より、更に未来には「イケメンに限る」だの「ただしイケメンのみ」という言葉が生まれたんだっけか、と思い出す。
イケメンだから何でも許されるって、そんな単純じゃないでしょ。
表情変えずに睨み続けると、大翔は思い出したような声で、でも、と口元を曲げた。
「灯ちゃん、疲れたから少し休むって言ってたような…」
「そ、それは」
しまった。
そこを突かれると困る。
灯は必死に言い訳を考える。
「…転移した先で休もうと思って」
「…」
「…私がいた世界と、この昭和時代は…ぶ、文明の進み具合がちょうど同じくらいで…お、落ち着くので」
「…」
無理があるか。
無言でじっと見つめるてくる大翔に灯は降参しそうになる。
誤魔化しきれないと踏んだ灯は口を「ご」の形にした。
「ご──」
「なんだー。そうだったんだね」
セーフらしい。
「ごめんね。疑っちゃって」
「…いえ」
反省の顔色で謝る大翔を見て、灯はずきりっ、と体の中で音がした。
沙弥と別れたときと同じように胸が少し痛くなった。
俯いた灯とは対象的に大翔は元気な声を出す。
「それにしても…この塔、ものすごく高いね…首が痛くなっちゃうよ」
灯も大翔の視線を追う。
東京の観光名所のひとつである赤い巨大な電波塔。
高さ三百三十三メートルもあり、二つの展望台がある。
「これが東京タワー…」
灯も生で見たのは初めてだった。
転移したのは昭和後期の表日本。
ちょうど東京タワーが見える公園の入口に二人は立っているのだが。
大翔はチラチラと周りを見てから灯に小声で話す。
「なんか…周りからめちゃくちゃ見られている気がする…」
歩道を歩く通行人の視線が私達に集まっている。
訝しむ大翔を灯は旦那の頭の天辺から足元までを撫でるように見る。
だって──。
「…当然です」
「なんで?」
大翔の質問を無視して灯は左右に視線を向ける。
「靴」と書かれた看板が見えて、あっ、と言葉が出る。
灯はその場で手にしていたスニーカーを履き、大翔に声を掛ける。
「大翔様あっちに…」
「にしても…凄いな〜」
大翔は近くの高層ビルを見ながらフラフラとしている。
これでは埒が明かないですね。
灯は大翔の手首を掴み、引っ張る。
「こっちです、大翔様」
「あ、灯ちゃん!?」
ずいずい、と大翔を引っ張りながら灯は思う。
周りの人に見られる?注目される?
半身を捻り大翔を頭の先からつま先まで洗い見る。
──顔が凄く良くて、時代に合わない服装で、オマケに裸足──。
これで目立たない方がおかしいでしょ。
通行人の気持ちを考えながら、灯は頭を働かせる。
──靴だけでも履けば変わるだろう。
今さっき見つけた道路の向かいにある靴屋に意識を向けながら背後の大翔に振り返らずに話しかける。
「…こうなったら仕方ありません。大翔様にも付き合っていただきます」
「…すぐに元の時代には戻れないの?」
「…それができたら私は今ここに貴方とはいないはずです」
「え?なんて?」
「…いえ。忘れてください」
また失言をしてしまった。
灯はぴしゃりと会話を強制的にシャットアウトし振り返る。
大翔はほんのりと頬を朱に染めて、目線をキョロキョロと泳がしている。
「大翔様、顔赤いですよ」
「…そう?…そう言う灯ちゃんも顔赤いような気がするけど…」
「…暑いですからね」
八月の真っ昼間に転移した事もあって、日差しはとっても元気だった。
──顔が、身体が熱くなっているのはそのせいだろう。
灯は自分より一回り太い大翔の腕を掴んだまま靴屋を目指して歩を進める。
額に薄っすらと浮かんだ汗は太陽のせいにして。
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