第16話 猿猥と愚鼠

「これはこれは……鳥醜、大変な状況になってるね」

「ううう……助けてくれ、獅子拷」


 モンスターと化した鳥醜の上に座る俺。

 鳥醜は羽を失い、項垂れて地面に倒れている。

 起き上がる力は無く、後は死を待つのみ。

 手加減をして、殺さないように傷めつけてやった。


 そして獅子拷が現れ、微笑を浮かべたまま彼はこちらを見上げている。


「功刀くんだね。何故君は鳥醜に勝つだけの力を? 君の能力は平凡なものだったはずだ」

「お前たちだけが特別ってわけじゃない。突然力に目覚めることもあるだろうさ」


 鳥醜から降り、獅子拷の前に立つ。

 まだ少し胸がザワつくが……でも前ほど怖さは感じない。

 圧倒的な実力差があったが、その差は縮んだからだろうか。

 あるいはすでに獅子拷の力を超えているから?


 どちらにしても、獅子拷を前にしても平常心でいることができる。

 大丈夫……今の俺なら大丈夫なはずだ。


「それで、君の目的は?」

「お前の悪事は全て知ってる。鳥醜が吐いたからな」

「う、嘘だ! 俺は何も喋ってないぞ!」

「残念だけど喋ったんだよ。お前は覚えていないけどな」

「なるほどね、催眠術の一種かな?」


 見当はずれなことを話す獅子拷。

 まぁ過去に戻ることを繰り返すなんて発想には至らないだろうな。


 途中で鳥醜に対して、拷問を何度もしかけた。

 だが鳥醜は獅子拷が怖いのか、口を簡単には割らなかったのだが……スキル『毒撃

』が相当聞いたのか、とうとう獅子拷の悪事を吐いたのだ。

 毒が苦しく、そして死にそうになる度に回復をして、そうやって追い詰めた。


 獅子拷のやってきたことを聞いて、何とも言えないおぞましさを感じた。

 どこまでも悪人で、そして意味も無いような殺人――自殺をさせてきたのだ。

 許せるような行為ではない。

 俺だってその被害者の一人なのだから。

 

 俺は怒りを含んだ瞳で獅子拷を睨みつける。



「方法はどうでもいい。鴨嶋ってやつを殺したんだろ? 後、他にも殺したやつの話も聞いた」

「な、なんでだ……俺は何も言ってないはずなのに」

「どうやら鳥醜に聞いたのは本当のようだね。でも残念だけど、少し違う。僕は誰も殺していない。全員自分で死んだんだ」

「自殺するように仕向けたんだろ。お前の得意とすることだ」

 

 俺だって死にそうになった。 

 偶然生き延びることができたが、偶然が起きなければ死んでいたのは間違いない。

 こいつはああやって、これまでも、そしてこれからも人を殺し続けるんだ。


「例えばそうだとしても、証拠はあるのかい? 証拠が無いなら話にならないよ」

「話にならなくてもいいんだよ。お前を始末する。それで全て決着だ」

「ふーん……僕に勝てるつもりでいるのか。鳥醜に勝ったぐらいで、勘違いしない方が良い」

「勘違いじゃない。俺は確実にお前を倒す。残りの仲間もろともな」


 獅子拷が踵を返す。

 そしてこちらを見ることなく、口だけを開く。


「学校の屋上にダンジョンを出現させる。そこで待っているよ」

「おい、獅子拷! 助けてくれ! お願いだから助けて――」

「僕が求めているのは無敵の軍団だ。負け犬にはもう価値などない」

「うっ……」


 獅子拷が鳥醜を睨むと――やつは苦しそうな顔をして、徐々にその存在が消えていく。

 哀れだなと、俺はやつが消滅するのを静かに眺めていた。


「…………」


 気が付くと獅子拷はすでに消えていた。

 少し心臓が高鳴っているが……怖くて動けないってほどじゃない。


 しかしダンジョンを出現させるだと?

 一体どういう【ユニークスキル】なんだ。

 獅子拷のことが全く分かない。

 穏やかで恐ろしく、どこまでも不思議な人間だ。


 俺は学校のトイレへと瞬間移動をする。

 獅子拷よりも早く戻ってきたはずだ。

 まだ時間はあるだろうから、少しのんびりしよう。

 

 クラスに戻ることはせず、校舎裏の狭い場所で地面に座り、何度も深呼吸をする。

 これから獅子拷の5人の仲間とも戦うことになるだろう。

 鳥醜より強いと言っても、俺は鳥醜をあっさり倒すことができる。

 それも成長する前の段階でだ。

 ある程度、鳥醜より強かったしても今の俺なら勝機は十分にある。


 もし勝てそうにないなら、またレベル上げをすればいいんだ。

 そうやって勝てるまで強くなり、そして全員倒してやる。

 あいつらは世界の癌。

 世界を守るハンターのふりをして、裏では残酷なことを繰り返す、邪悪な存在だ。

 俺が生きていた15年後の世界、それまでに被害を受けた人は数えきれないほどいるだろう。

 

 それら全員を守るためにも、俺はここであいつらを倒さなければならない。

 それが俺の使命――能力を得た意味なんだ。


「よし、行くか」


 時間は一時間以上経過した。

 獅子拷もすでに到着しているだろう。

 屋上に向かうと――想定通り、ダンジョンの入り口が出現している。

 

 俺は緊張することなく進入を果たす。


「ここが……」


 何も無い空間。

 真っ暗な夜がどこまでも続いているようなダンジョン。

 モンスターの姿は見当たらない。

 だが奥の方から、嫌な気配を感じる。

 おそらく獅子拷の放つ魔力だろう。

 これまで感じたことも無いほど強力な魔力。

 これが獅子拷の真の実力……あるいはその一端か。


 俺は歩き始まる。

 足元は砂場となっており、夜の砂漠を歩いているような気分。

 入り口から5分ほど歩いて行くと――そこには二匹の化け物が待ち構えていた。


 巨大な灰色の猿と黒い鼠だ。

 その二匹は俺を見据えながらニヤニヤと笑っており、口角を上げなら口を開く。


「キキキ……てめえが功刀か」

「こんなのを殺せって……獅子拷は何を考えてるんだ。雑魚だろ、これ」


 声に聞き覚えがある。


猿猥えんわい愚鼠ぐそか」

「キキキ、俺たちのこと知ってんだな」

「まぁ有名人だし仕方ないか。こいつみたいな雑魚から見たら王様みたいなもんだろう」


 猿猥猛えんわいたける愚鼠裕司ぐそゆうじ……

 当然、こいつらのこともよく覚えている。

 鳥醜と同じく、何度も俺を痛めつけてきた野郎たちだ。


 そして鳥醜と同じく、モンスターと化している。

 人間の姿をしていたら躊躇するところだが……化け物になってくれているならありがたい。

 こいつらをモンスターとして排除できる。


「まさか、モンスターになっているとはな」

「モンスターというか進化だな。バカ人間を超越した存在だ」

「僕らの考えは君たちみないな愚かな人間には理解できない。だからモンスターなんて簡単な言葉で片づけるんだ」

「愚かなのはモンスターになったお前たちだ。理解なんてしようともしたいとも思わない。お前は人間代表である俺が、キッチリここで倒してやるよ」


 俺が喋った言葉に呆れる猿猥と愚鼠。

 大きくため息を吐き、バカにするような視線をこちらに向ける。


「おいおい、どうやって俺らを倒すって――」


 こちらを見下す発言をしようとしたのだろう。

 だが猿猥が口を開いた瞬間、俺は愚鼠の頭部と胴体を分離させる。


 『サンダーソード』。

 魔力で形成された剣――『勇士』のスキルだ。


「な……なななっ!?」


 愚鼠の胴体から血が噴き出す。

 それを見て猿猥が驚愕に目を見開く。


 俺はこの瞬間にセーブをする。

 相手の実力はすでに見切った。

 こいつ相手ならいつでも勝てる。

 そして鳥醜よりもレベルが高いので、倒すことによって成長もできるはずだ。


「何をしたんだ?」

「分からないのか? こうしたんだよ」

「え……?」


 ズルリ、と猿猥の頭が地面に落ちる。

 同じことをしてやったのだが……相手はこちらの攻撃に気づきもしないまま死んでしまった。


「ふーっ、残る相手もこのぐらいなら嬉しいけどな……でもこれで三匹撃破。残りは四匹だ」


 すでにモンスターとして数える俺。

 四人ではなく残り四匹。

 このまま楽勝で終わってほしいところだな。

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