22 ズザナを幸せにする

 ズザナはロビンにストーブにあたるよう言い、ガイウスはよく雪をはたけ、と言った。ロビンは毛玉になっている雪をいくらかはたき落とすと、家に上がってきた。


「どうなさったの、こんな吹雪の夜に」


「いや……入荷した新聞に大変なことが書いてあって……」


 ロビンは新聞を広げた。新聞には「北方に魔族出現 ハイドランジア百人隊長麾下の軍出撃」とある。


「これは俺たちがまた兵隊にとられるってことか?」


「いや、新聞を読む限り王都の職業軍人を率いての出撃みたいだ。いまは冬だから少々畑を踏まれても実害が出ないのが救いだね。春に耕すのが大変だけど」


 ロビンはため息をついた。ズザナは薬草茶を出す。明かりの油が切れそうだったので、触ると手が魚臭くなるのを承知で明かりに油をつぐ。


「あんなちっちゃい魔族1匹に軍隊とは王都軍は大袈裟だなあ。従軍もできないようなチビのオレに撃たれて死ぬ程度の魔族なのに」


「しょうがない、鋼の民はみんな魔族が怖いんだ。金を蓄えてきれいな軍服を着ている軍人貴族たちからしたら、魔族が現れて国を脅かすのは体面に関わることだからな」


 ガイウスは呆れたようにそう言った。


 ズザナは新聞を見る。すでにエヴァレット・ハイドランジア男爵は王都を発ち、テクゼ村のほうに向かっているらしい。


「まあ王都からここまではしばらくかかる。馬で来るとしても1週間は確実にかかるだろう。馬だって道草を食える草がないときの行軍はしんどいんだろうし」


 ガイウスは冷静にそう言った。ロビンも頷いている。


「問題はズザナだ。ハイドランジア百人隊長は、元婚約者だったんだろ?」


「関係はとうになくなっていましてよ? いまはガイウスと婚約しているのですし。仮にエヴァレットがわたしになにか気があるとしても、どうせ飾り物にする気なのでしょうし」


「ガイウス、元上官の婚約者を寝取るとは大胆だよね」


「……まだ寝取るところまではいってないし、そもそもズザナはハイドランジア百人隊長とも寝てないし、それは言いすぎ」


 ガイウスが恥ずかしい顔をしている。


「いい機会ですから、エヴァレットと結婚する気はないのだ、と本人に言ってしまおうと思いますわ」


「そうするのがよさそうだな。俺は雪の中土下座だ」


 ◇◇◇◇


 いつ王都軍がやってくるかハラハラしながら過ごす日々が始まったが、結局のところはいつもと何ら変わりない生活が続いた。

 ただ、村の男たちは馬防柵を建て、畑を踏まれないように備えをした。冬で作物が植わっていないとはいえ、せっかく耕してフカフカになった状態の畑を踏まれるのは困るということだろう。


 あの一件以来魔族の出没はなかった。ガイウスは木材の運び出しをし、ズザナは編み物をしたり繕い物をしたり生活魔法を覚えたりしている。

 ズザナはカンナステラ流の「煮れば食える」「焼けば食える」の料理法を身につけて、ガイウスが作るよりは下手くそながらそれなりに料理もできるようになった。

 それはガイウスがタチの悪い風邪を引いたときがきっかけだった。いつまでもカンナステラに来てもらうわけにはいかない。


 ズザナはぞんざいにセロリアックとジャガイモを刻みながら、王都のことを思い出す。

 王都。煌びやかな都であるのは確かだが、そこの人たちは華やかな服を着ること、おいしいものを食べること、役者や芸術家とサロンを囲むことしか考えていない。

 嫌なところだ。王都で食べた生セロリのサラダより、カンナステラの教えてくれたセロリアックのスープのほうがおいしい。

 それは自分で作って、好きな人と分け合っているからだと思う。

 ソーセージを茹でて、ガイウスの帰りを待つ。


「ただいま」


 ガイウスが帰ってきた。上着をはたいて壁にかける。


「スープとソーセージを用意しました」


「ありがとう。無理にやらなくても俺がやるのに」


「いいのです。楽しいのだから」


「まあズザナが楽しいのが一番か。食べよう。手洗いしてくる」


 ガイウスは手洗いとうがいをし、それから食卓についた。ズザナがスープとソーセージ、黒パンを出すと、ガイウスの腹が盛大に「ぐうーっ」と鳴った。


「きょう思ったことなんですけれどね」


「どうした?」


「わたし、ずっと司祭さまと和解すればそれでいいのだと思っていたのです。でも本当は、もしエヴァレットがわたしを欲しがるなら、『わたしはあなたの飾り物じゃない』と言ってやるのが必要なんだと思いますの」


「……面白いことを考えるんだな」


「ええ。わたしの実家が転覆したとき、エヴァレットは『せっかく美しい女と結婚できると思っていたのに』とだけ言って、獄中のわたしの父を見捨て、わたしが追放されるときすら会いにこなかった。きっと欲しがることはないのでしょうけど、飾り物にされかけていた自分を守るために、エヴァレットに言ってやらなくちゃいけないのでは、と思ったのです」


「飾り物……か。こんなになんでもできるズザナを、ただの金時計としか思ってなかった、ってことなんだな。かつての上官とはいえバカな話だ」


「だからガイウス、わたしにもっといろんなことをさせて。あなたと一緒に、共同戦線を張って生きていくのが、わたしの希望ですわ」


「そうか。なら遠慮するのはよそう。……ズザナ、こんどおいしいソーセージの茹で方を教えてやるよ」


「……確かに少し味が抜けていますわね……」


「俺はお金持ちじゃないし地位もないけど、絶対にズザナを幸せにする。金時計として百人隊長の飾り物をするよりずっとマシな人生にしてやる」


 ガイウスの決意表明を、ズザナはニコニコと聞いた。王都の邸宅のシャンデリアのように明るくはないけれど、魚の油の明かりでもガイウスの決意に満ちた顔がよく見えた。


 ◇◇◇◇


 翌朝2人で朝食を摂っていると地響きが聞こえた。

 地響きはどしん、どしん、と近寄ってくる。窓の外は吹雪だ、こんな天気のときに押しかけてくるとは王都軍の魔法の巨人だろうか。


「おーいガイウス。ズザナさん。いるかー」


 ドアを開けて入ってきたのはハヴォクだった。相変わらずでっかい。皮膚は若干白っぽくなっていた。


「ハヴォク。どうした?」


「どうしたもこうしたもテクゼ村に百人隊長率いる王都軍が来るんだろ。皮の薄いガイウス1人じゃズザナさんを守れないんじゃないかと思ってな」


 ありがた迷惑、という言葉がズザナの頭をよぎったが、ハヴォクは懐から魚の加工品をずらずらーっと取り出してみせたので、とりあえず話を聞こうか、とガイウスが言った。(つづく)

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