死の森の木こりと追放令嬢 〜権力やお金に煩わされない、最高のスローライフ溺愛関係〜

金澤流都

1 俺が連れて行く

 ズザナは鞭で打たれる激痛に気絶しそうになりながら、己の運命を大いに呪っていた。

 鞭を打っているのはハーフリングの司祭だ。礼拝堂に併設の司祭館で、ズザナは手を滑らせて食器を割ってしまったのである。

 そもそもズザナは皿洗いをするような立場の教育を全く受けていなかった。王都の大きな屋敷で、何不自由ないぜいたくな暮らしをしていたのがズザナだ。恵まれている暮らしはズザナにとって当たり前だった。

 まさか皿を割った程度のことでひどい折檻を受けるなんて、ズザナは考えたこともなかった。

 欲しいものはなんでも与えられ、叱られることすらめったになかった。ズザナはそれでも、大きな商人の家に生まれたことを呪っていた。


 ズザナの両親と父方の祖父母は、ズザナを貴族の家に嫁がせるため、幼いころから女学校に通わせた。そこでは花嫁修行のようなことをしたが、女学校は基本的に女中のいるような家の娘ばかりで、ズザナはそのなかでなにも身につかない無駄な少女時代を送り、来年にはとある大貴族の令息と盛大な結婚式を挙げることが決まっていた。

 そんな中、ズザナの父親の会社の資金繰りが急に苦しくなった、らしい。父親は会社の話をズザナにしなかった。会社は倒産し、父はそのうえ贈賄の疑いをかけられ捕まり投獄された。

 もちろんズザナの貴族令息との婚約は取り消され、罪人の家族として一家は離散、追放された。


 そういうわけで、ズザナはテクゼ村という北方のものすごい田舎に無理やり連れてこられた。王都では野暮ったくて誰も着ていない、白いブラウスに黒地に花の刺繍の編み上げジャンパースカートにエプロン、手あみの靴下に木靴という格好をさせられて、偏屈なハーフリングの司祭の家に引き取られた、のであるが。


 この司祭はひどく鋼の民を嫌い、いまでは許されぬ蔑称である「泥の民」とズザナを呼んだ。その度にズザナは司祭に「半足人」と言ってやりたくなったが、逆らえばひどい折檻を受けるし、逆らわなくてもしつけと称しての折檻をうけた。


 ここで精神がすり減る暮らしをするくらいなら、首をくくってやろうか。

 そんなことをしてもこの司祭は喜ぶだけなのだろうなあ。ズザナは女学校の数学の授業で培った冷静さでそう考えたし、死ぬのは悔しくて恥ずかしくて嫌だった。


 ハーフリングの司祭は、子供のように甲高い声で「この泥の民が!」とズザナを侮辱する。鞭で打たれてブラウスの背中が裂けて、血が流れるのが分かる。

 だれも助けてくれない。

 もう、狂って死んでいくしかないのかな。


「おい坊さん」


 誰かが司祭館のドアをノックした。この村の住民はハーフリングかコボルトだが、ハーフリングの甲高い声でも、コボルトのわふわふした声でもなかった。


「なんだ泥の民」


 この村にも鋼の民はいるのか。


 司祭は小さな肩を怒らせてドアを開けた。そして手に鞭を持っていることに気付いて慌てて隠そうとして、ドアの向こうの人に腕を掴まれていた。


「その鞭で王都からきた女の子をいじめていたんだろう。そんなことをして許されると思っているのか。司祭は血を流す武器は使えない決まりじゃなかったか」


「こっ、これは武器じゃない。教育をしていたんだ」


「そうか。裕福な家のおひいさまが、お前みたいなクズに教わることがあるのか」


 ドアの向こうで話しているのは、どうやら「鋼の民」の男性のようだった。声だけなら結婚相手と決まっていた貴族令息と遜色ない男前だ。


「は、入るな! なんの用だ」


「あんたのところにいたら噂の女の子は不幸になる。俺が連れて行く」


 司祭館に、男性がずかずかと上がり込んでくる。大柄な、髪も目も灰色の、獰猛そうな印象の若者だ。


 男性はズザナを見つけて、「えっ?」と戸惑った顔をした。


「……ごきげんよう」


「ごきげんよう、じゃないんだ。もっと小さい、子供だって聞いてたぞ。どう見たって大人じゃないか」


「お初にお目にかかります。ズザナと申します」


「お、おう。俺はガイウスだ。いこう」


 ガイウスと名乗った若者は、ズザナの腕を優しく掴んで、司祭館の外に出た。

 騒ぎを聞きつけた噂好きのハーフリングたちやコボルトたちが群がるのを無視するガイウスに手を引かれて、ズザナは墓地の近くの小屋まで連れて行かれた。


 ◇◇◇◇


「傷が痛むだろう。痛み止めの魔法なら使える。そのあとは薬を塗ればいい」


 ガイウスは小声で呪文を詠唱する。ズザナの背中の痛みはみるみる消えた。しかしはっきりと、皮膚が破れている感覚がある。

 ガイウスは缶に入れられた傷薬を取り出した。


「血止めの効果もあるしすごくよく効く薬だ」


 ちょっと怖がるような顔で、ガイウスは缶を差し出す。


「つけてくださるの?」


「……え?」


「だって背中ですもの、手が届きませんわ」


「お、おう……」


 ガイウスは明らかに当惑しながら、缶の蓋を開けて中の軟膏を手に取り、ズザナの背中に塗ってやった。


「すまないな、あの司祭は戦争に従軍したとき鋼の民の上官にこっぴどくいじめられたらしい。あまり悪く思わんでくれ……と言っても無理だろうな」


「この村の人たちはみな従軍なさったの? 北の森を越えたら魔族領だと聞いたのだけれど」


「まあたいていの男が1年か2年、この間の戦争に従軍してる。王都から来た将校に率いられてな」


「そうでしたの。あなたも?」


 ガイウスは「あなた」と呼ばれたことに驚いているようで、ズザナはそれを不思議に思った。しばし沈黙が降りる。

 ガイウスはうめくように言った。


「同世代の鋼の民を見るのはこれが初めてなんだ。それも王都のきれいなおひいさまだなんて……」


 ガイウスは質問には答えなかったが、どうやらズザナと話すことに緊張しているようだった。(つづく)

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