カード、ダイス、ボード。そして賢者の石 〜魔法でゲームを作ってみた〜

浜彦

第1話 プロローグ

 前世でも、今世でも――僕はずっとゲームが好きだった。


 もし炭水化物でできたものが、いわゆる「僕」という空っぽの殻だとするなら――

 その中に詰まっている魂ってやつは、きっと尽きることのない遊び心なんだろう。


 僕にとって、 前世で最初に「ゲーム」という概念を思いついた人物は希代の天才でなければ、きっと神の奇跡を受けた存在なんだと思う。


「ゲーム」というものは、僕にとってそれ自体が「神秘」そのものなんだ。


 ああ、でも――考えてみれば、今の僕も「神秘」の化身って呼べるのかもしれないな。


「起きろ」


 短い言霊に魔力を込めた瞬間、目の前の何かが動き出した。

 それは粘土でできた、粗雑な形の小さな人形だった。短い手、短い足、僕の足首ほどの背丈、頭部と呼べるものさえ存在しない。

 その小人形はふらふらと立ち上がり、僕の意志に従って一歩を踏み出す。


 ゴーレム。

 魔導に関わる者なら、一目でこの存在の名を呼べただろう。


「――起きろ」


 もう一度、力を言霊に込めて、そっと呼びかける。

 ぬかるんだ地面に描かれた小さな魔法陣が再び隆起し、小さな人形がもう一体、姿を現す。

 僕の意志に従い、二体の人形は静かに向かい合って立った。


 僕はそっと手を上げ、唇を舐める。

 二体のゴーレム人形はわずかに身をかがめ、前傾の姿勢を取った。


「――始め」


 その合図と同時に、二体のゴーレムはよたよたと抱き合い、角力を始めた。


 ぎこちなく僕の操作で相手を倒そうとするゴーレムたちを眺めながら、世話役が読み聞かせてくれた物語の内容を思い出し、その物語の展開をゴーレムたちの戦いに重ねてみた。


「シュッシュッ、ドカーン!我こそは魔導騎士フェスティルなり!悪党よ、投降せよ!さもなくば、正義の裁きがその身に下るぞ!」


「何を戯言たわごとを!異端こそ裁かれるべき存在!栄光ある教会の執行者、我が名はアンドレイ!神の怒りを代行し、お前を粛清する!」


 僕が声を変えて演じながら、ゴーレムの操作を続ける。

 二体の人形の戦いが白熱していくにつれて、僕の声も自然と熱を帯び、高くなっていった。


「くらえっ!魔導の奥義――……!」


「――相変わらずだよね、泥人形遊びばっかりして」


 魔導騎士フェスティルが破壊魔法を込めた拳を、教会執行者アンドレイの顔面に叩き込もうとしたまさにその瞬間、その声が僕の妄想劇場を止めた。


こおれ」


 少女の涼やかで、魔力を帯びた声が響いた直後――

 僕のゴーレム二体は、瞬時に動きを止めた。

 パキパキッと乾いた音を立て、そのまま粉々に砕け散る。


「ぐえっ」


 無残な姿になった僕の二人の騎士を見て、思わず悲鳴を上げてしまった。僕は、その魔力の発生源をにらみつけた。


 目の前に現れたのは、僕と同じくらいの年齢の少女だった。

 黒髪に青い瞳、整った顔立ちに淡い桜色の唇が映えている。

 まだ幼いはずなのに、すでに気品と落ち着きを纏っていて――

 初対面の者なら、その美貌に一瞬で心を奪われるかもしれない。


 思わず眉をひそめながら、僕は少女に文句を言った。


「やりすぎだよ、エルリス。これからがクライマックスだったのに」


 僕の抗議に、少女は答えず、足先でトンと地面を突いた。

 舞い上がる氷の結晶。そして魔法陣の中心に、ひびが一筋走る。

 ゴーレムを生成するための陣が、見事に破壊された。


「私を待たせた罰よ、アルム」


 少女は優雅にため息をつくと、黒い髪を耳の後ろにかき上げた。


 僕がゴーレムで遊んでいる間、ずっと気配を消して控えていた従者たちが、手際よくテーブルと椅子を運び込み、紅茶を用意した。

 少女――エルリスはそれに何の迷いもなく腰を下ろし、優雅に一口、茶をすする。それから、目を細めて、僕の方をちらりと見やった。


「また研究してるのね。あれ……ゲームっていうやつ」


「うん」


 まるで興味がないかのように、ただの雑談のように、少女は紅茶を口に運びながらふいに言葉を落とした。


「その“ゲーム”ってやつ、神秘の起源と何か関係あるの?」


 ……またか。

 僕は思わずもう一度、眉間にしわを寄せた。

 どう答えても、毎回同じ結論になるって、分かってるくせに。


「たぶん、あんまり関係ないと思う」


「そう? じゃあ、なんで?」


「だって、面白いから」


「面白い、ね」


「最初に言ったと思うけどさ。ああいう深くて歴史のある研究は、僕よりすごい兄さんや姉さんたちがやってるんだ。だったら僕は、僕なりに“面白いこと”に集中したほうがいいでしょ」


「ふーん?」


 エルリスは細めた目で僕を見つめ、ほんの少しだけ首をかしげる。 そして、桜色の唇をゆるく開いた。


「やっぱり、あなたってよく分かんないわ」


「そう? でも僕はね、エルリスはもう僕と同類だと思ってるよ」


「……どういう意味かしら?」


 眉をひそめる少女を前に、僕は笑みをこぼした。


「だって、今日も僕のところに来たんでしょ。――この前のゲームの続き、したくて」


 言葉に詰まり、横目で僕を見たエルリスに、僕は地面からひと握りの土をすくい上げ、それをテーブルの上に置く。

 そして、指先で机の縁をトンと叩き、自分の魔力を流し込んだ。


 僕の魔力に染まった粘土は、まるで命を得たかのようにうねり始め、やがて一枚の方形の盤となる。

 そこから、ひとつ、またひとつと――形の異なる駒が、盤面からせり上がってきた。


 エルリスは一瞬だけためらいを見せたあと、そっと細くしなやかな指を伸ばし、粗削りの駒のひとつを手に取った。


「……別に。その“ゲーム”とやらに興味なんてないわ。来たのも、お父様の命令であなたと仲良くしろって言われたからよ。それに――」


 エルリスは兵士を模した駒をつっと前に押し出した。そして、じっと僕の顔を数秒間見つめたかと思うと、すっと視線を下にそらす。


「……あなたみたいな奴に負けるのが、どうにも気に食わないの。ただ、それだけ」


「ははっ、そうか」


「ん」


 エルリスの視線に急かされるようにして、僕もひとつ、駒を手に取った。

 ここから先は――楽しいゲームの時間だ。

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