その翡翠き彷徨い【第55話 故郷】
七海ポルカ
第1話
「いやぁ~。それにしても本当に助かったよ」
青い空の下、陽は燦々と降り注いでいる。
森の中に入るとようやく馬車の中に涼しい風が通り始めた。
馬車の中には三人の人間がいる。
二人は冒険者で一人はエドアルトだ。
もう一人馬車を走らせる一人がいる。
「ありがとう」
手を握られエドアルトは嬉しくなった。
「いえ俺の方こそありがとうございます。すみませんエステルまで送っていただいて。本当に助かります」
「このくらい構わんよ。大体こいつが魔法の効かない敵の出るダンジョンだって調べてないのが悪いんだ」
喋っていた男が隣に座っている青年の頭をパーン! と叩いた。
「改めて自己紹介させてくれ。俺はヴィッツ・ライフォード。
こいつは弟のシオン。
馬車を走らせてんのがジェイド・ローグだ。三人旅をしてる」
「俺はエド。エドアルト・サンクロワです。神官戦士として巡礼をしてます。と言ってもまだ全然見習いなんですけど」
「いや、いい剣を使ってるよ君は。俺は傭兵生活が長かったから色んな剣士を見て来たけど。筋がいい」
「ほんとですか?」
エドアルトは明るい顔をしている。
「そいつはサラグリア国境警備隊の雇われ傭兵だったんだよ」
馬車の外から声がした。
「そうなんですか? いつからですか?」
「十五歳だったかな?」
「うん。ある日いきなり兄貴が村からいなくなっててさ」
「俺と同じ歳だ!」
「エドは十五歳か。若いんだなぁ。それなら尚更いい度胸してるよ。準備もいいし。ああいう洞窟では魔石が有効なのにこいつ今日に限って一つも持ってねーんだもん」
「いや俺も結構行き当たりばったりですよ。魔石は一緒に旅をしてる人が色々便利だよっていつもいくつか持たせてくれるんです」
「そうか。仲間がいるのか」
「はい。魔術師なんですけど、旅をしながら魔術のこと教えてもらってるんです。俺の師匠みたいな人なんです」
「そうなのかー。申し訳ないな、魔石は高価なものなのに、俺達なんぞの為に使ってもらっちまって」
「全然大丈夫ですよ。メリク……あ。その人ですけど、メリクはなんか色んな所行っては魔石よく拾って来ますから」
「へぇー『メリク」って女か?」
エドアルトは吹き出す。
「いえ男ですよ。確かに綺麗な名前ですけど」
シオンがエドアルトの剣に括りつけてある護符を指差した。
「それ、見せてくれないか?」
「これですか?」
「うん」
どうぞ、とエドアルトは小さな銀細工の護符を渡す。
「なんだ?」
ヴィッツが弟の手元を覗き込む。
「これ、どこで拾ったんだい?」
「あ、拾ったんじゃなくてもらったんです。
メリクが、なんか俺結構無自覚で危ない場所とか踏み込んじゃうことが多いみたいだから。魔術的な勘が絶望的に無いって言うか、野生の勘は結構働くんですけど。ダンジョンに入れば魔術的なトラップにことごとく嵌まるし。
この前なんか三時間身体半分氷漬けになってました。メリクが助けに来てくれたから助かったけどあれはホントにやばかった……」
「ああ……分かるよタチ悪いよなぁ、ああいう魔術師の作る罠って……あいつら絶対性格悪いよな!」
「……弟が魔術師なの忘れてんだろ兄貴」
「んで、その護符がどうかしたか?」
「いや、これ、凄い呪具だなと思って」
シオンは銀細工を見ている。
「その人が作ったのかい?」
「はい多分。そういうの、買う人じゃないから……。メリク器用なんですよ。楽器とかも自分で直しちゃうし。なんでも出来ちゃうんです」
「――すごいな。光の魔法と闇の魔法の魔言を刻んで、その反作用を魔封じとして使ってるんだ。これはすごく精密な
エドアルトが首を傾げる。
「気にするな。俺もこいつが何言ってんのか全く分からん。
シオンは知識だけなんだよ。実力ないくせに御託だけは一人前なんだ」
「反作用魔術は洞窟のような密封された空間では最も有効なんだ。
周りに影響を及ぼさず、敵にも感知され難いからね。
しかも光と闇の魔術の反作用は、術式の中でも最も複雑で難解とされる。
こんなに完璧な
「その模様みたいなやつか?」
「うん。これは文字なんだ。どういう組み合わせでどこにどういう配置で描くかでその用途が決まって来る。これはまるで魔術の教本みたいな魔術印だ」
シオンはエドアルトに護符を返した。
「その魔術印は洞窟内で所有者の気配を覆い隠して、敵との遭遇率を格段に下げるのと、火水土雷四属性の三階位までの魔術に対し脆弱化する効果がある」
「なんかとてもすごそうなのは分かった」
エドアルトも頷いている。
「その人、どういう人なんだい? さぞかし名のある魔術師なんじゃないか」
「メリクですか? あんまり分かんないんですよね。旅先で会ったんですよ。なんか小さい頃から旅をして世界を回ってるみたいです。物知りでなんでも知ってるんですよねー」
「物知りね……、いやその呪具を作れるなら物知りなんて言葉では言い表せないよ。それは間違いなく学問として魔術を正式に取得した者しか、行使出来ない類いのものだ」
「学問として、ですか?」
「うん。公の魔術機関に務めていた人なんじゃないかい?」
「メリクがですか? いや、それはないと思いますよ。あの人、俺と数歳しか多分違わないですし」
シオンが驚く。
「そんなに若いのか?」
「はい」
「公の魔術機関……っていったらあれか? サンゴールとかだろ? 他にもエルバトとか、アウラあたりも魔術学院ってあるよな」
「アウラの魔術学院は比較的若い術師も多いって聞いたことがある」
「そうなんですか?」
「まぁ分からないけど。でもこれだけは確かだね。その魔術の用い方は間違いなく魔術を長く学び修練した人間にしか出来ないものさ。単なる旅の経験者では絶対にないね」
「そのメリクさんはどうしたんだ?」
「あ。今回は俺が前に護衛を請け負った人から再度声を掛けてもらって、仕事をもらったんです。それで俺はクーべニアの方まで行ってたんですけど、メリクはイースの方にどうしても行きたかったみたいで、だから別行動だったんです。
次の新月あたりにエステルで会うことになってるんですよ」
「そうなのか」
「はい。イースの祭礼に行ってるんです。
メリクは表向きは吟遊詩人として旅をしてるんで」
「なるほどね。祭礼は吟遊詩人には書き入れ時だからな。
気ままな旅っていうのもいいねぇ」
「ヴィッツさんたちは何故旅をしておられるんですか?」
「俺達か? 俺達の故郷は北の、ガルドウーム地方にあるんだけどな。小さい村でどうも魔物とかが最近よく出没するようになってなー。でも村には爺婆子供ばっかりで何の対抗策も打てねーだろ。それで俺達が魔石をトレジャーハントして村に持ち帰ってやってるんだよ。
魔石で村を守ろうってな。今回もこいつ全部まとめて村に置いて来やがって。俺らが洞窟でくたばったら本末転倒じゃねーかバカ」
「男はチマチマ保険をかけずドンと投げ出せって兄貴がうるさいからだろ」
「それにしたって投げ出し過ぎだバァカ! いいか最低三個は手元に残せよ。お前のチンケな炎の魔法じゃレムバット一匹も倒せんわ」
「うるさいなぁ。まんまと混乱させられて裸踊りをした兄貴には何も言われたくないよ」
「するかそんなこと!」
「してたしてた。確かにしてたぞ」
「うるせえ嘘だ! お前らの嘘なんだ!」
エドアルトは兄弟達の遣り取りを交互に見遣ってから吹き出して笑った。
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