奇妙な相談日誌 ――少女忌憚集――

遠藤みりん

奇妙な相談日誌 ――少女奇譚集――

序章

誰もいない真夜中の廃校で

 夜、誰もいない廃校に一人だけ・・・・・・


 誰もいない真夜中の廃校は、とても静かだ。その静けさは、まるで雑音のようにも聞こえる。


 月明かりが誰もいない廊下を照らし、恐怖より美しさを感じる。それは、切り取った絵画のような美しさだ。

 散乱した、割れた窓の破片さえ、装飾の一部のようにそこに存在している。


 私はこの割れた窓から廃校へと忍び込んだ・・・・・・


 理由は、自らの命を絶つ為である。もちろん、不法侵入であり、立派な犯罪であることは重々、承知している。


 何故、私がこの場所にいるのか・・・・・・


  私はかつて、この廃校に勤めていた。もう数十年以上前の話しになる。この学校を去って以来、ずいぶんと時間が経ってしまった。


 月明かりに照らされた窓へ、反射した自分の顔を眺めると、時の経過を感じる。白髪が交じった頭髪、顔に刻まれた皺、疲れた表情。


 思わず、窓に映る自分から目を逸らしてしまった・・・・・・

 

 この廃校は以前、女子高等学校だった。この辺りの地域では、少女達の憧れの対象になっていた女子校だ。


 ここの制服を着ていたら一目置かれる、そんな人気の高校だった。しかし、子供の数も年々少なくなっていく。


 更にこの学校内で、自殺者が出たと噂が広がり、ついには十数年前に廃校になってしまった。


 私はこの辺りの地域でカウンセリング業務で独立しており、その実績が買われ、当時の校長からこの学校のカウンセラーの誘いを受けた。


 経験を積みたいと考えていた若い頃の私は、この話しに飛びついた。私はかつて、この学校で生徒の悩みを聞き、寄り添い、そして助言をするカウンセリングの仕事をしていた。


 不思議な事に、大勢の生徒から話しを聞いてきたはずだが、何一つ覚えていない。


 私の人生を振り返ってみても、この学校に勤めていた時期の記憶だけが、綺麗に抜け落ちてしまっている。何度も思い出そうとするが、それを妨げるようにひどい頭痛に襲われる。


 どのような、生徒達だった・・・・・・?


 どのような、相談内容だった・・・・・・?


 どのような対応を取った・・・・・・?


 そして私は、何故この学校を去ることになった・・・・・・?


 いつからかこの疑問は、常に頭から離れなくなる。


 死に場所として選んだ理由は、最期にこの疑問をどうしても解きたいと願ったからだ。


 ほんの少しでもかつての記憶が思い出されれば良い・・・・・・


 何故、記憶に蓋がされてしまっているのか、強引な手段ではあるが、どうしても思い出したいと言う欲求には勝てずに、気が付けば窓ガラスを割っていた。


この学校を去って以来、実生活では面白いくらいに堕ちていくばかりだ・・・・・・


 仕事は全く上手く行かずに、ついには情熱を持っていたカウンセリングの仕事も手放してしまう。それに追い打ちを掛けるように心の病に犯されてしまう。


 きっと堕ちていく理由には、この学校で過ごした日々が関係している気はずだ・・・・・・


 私が死に場所としてここを選んだ理由・・・・・・それは、私の人生でもっとも充実し、輝いていたであろうこの場所で最期を迎える。自分へのせめてもの餞であった・・・・・・


 割れた窓から校内へ忍び込み、月明かりを頼りに廊下を歩いて行く。


 いくつも並んだ教室、そのまま放置されてしまっている掲示板、コンクリートの壁の質感、所々割れている天井の電灯、そして埃がかった校舎の独特の香り・・・・・・


 ひとつひとつが私の記憶を刺激していく。それと同時に思い出してはいけないと、本能がブレーキを掛けるように、頭痛が遠くから近づいてくる。


 かつて相談を受けていた生徒の顔が、ぼんやりと浮かんでは消えていく。まるで掴むことの出来ない煙のように。


 私の頭の中には、思い出せない生徒の顔が常に私を囲んでいる・・・・・・


 それは私を恨んでいる苦悶の顔か?それとも感謝の笑顔か?生徒達の顔が見えない・・・・・・どうかその顔を私に見せて欲しい。そんな事を考えていると。


「先生・・・・・・」


 ふと背後から声を掛けられた気がした。どこにいるのか分からない途切れそうな細い。


 幽霊・・・・・・?いや、そんな非現実的ものは存在しない。


 それにしても、先生とは・・・・・・なんとも懐かしい響きだ。また、その言葉が記憶を刺激すると同時に、頭痛がさらに近づいてくる。


 これは幻聴だろうか?私は恐る恐る振り返ってみた・・・・・・


 そこには誰もいない、どこまでも続くように感じられる教室が並んでいるだけであった。


 真夜中の廃校と言う特別な状況が幻聴を引き起こしたのだろうか。私はもう一度、耳を澄ましてみる。


「先生・・・・・・こっちに来て・・・・・・」


 また聞こえた・・・・・・今度は、幻聴ではない。


 確かに聞こえてきた。近くの教室からだ。声のする方へゆっくりと歩いていく、その声はまるで私を呼んでいるようだった。


 こんな真夜中に声?先生と呼ぶということはかつての生徒だろうか?いや、そんな事はあり得るはずが無い・・・・・・


 ある狭い部屋の前で立ち止まる。一般的な教室とは異なる小さな部屋だ。声はこの部屋から聞こえてくるように感じた。


 部屋の室名札を確認すると〝相談室〟と書かれている。相談室・・・・・・とても懐かしい響きに感じた。


 私は恐る恐る部屋の扉を開ける。誰も開けていなかったと思われる扉は重く、木材がきしむ音がする。


 力を入れて扉を開けると、薄暗く狭い部屋の中央には机、机の上にはテーブルライト、向かい合うように置いてある二つの椅子、壁にそって本棚が置いてあり、無数の資料や本が並べられている。


 床には薬の瓶と錠剤か転がっている。拾ってラベルを見てみると数十年も前の物だ・・・・・・まるで、時間が止まっているようだ。


 廃校になってから、誰も部屋を開けていない為、酷く埃まみれの部屋だった。月明かりに照らされ、埃はキラキラと光る。


 それにしても・・・・・・どこか懐かしいこの部屋


 相談室・・・・・・思い出した・・・・・・


 この部屋で私は生徒からの悩みを聞いていた。その名の通り〝相談室〟ここはかつての仕事場だ。


 三十年と言う月日が、記憶をすっかり風化させてしまったようだ。しかし、時間が経ったとはいえ忘れる事だろうか?


 本能的に忘れさせてしまう大事な事があったのかもしれない・・・・・・


 駄目だ、頭が痛くなる・・・・・・


 徐々に近づいていた頭痛は、もう私の頭を掴んで離さない。どうしても思い出す事を拒否しているようだ。


 激しい頭痛の中、記憶の糸をたぐり寄せる。その時、背後から何かが落ちる音が

聞こえた。


 振り返り、音の出所を探した・・・・・・音の正体は本棚から落ちたファイルだった。


 私は、埃まみれの何も書かれていないファイルを手に取りると、ゆっくりと開いた。

 

 ファイルの一ページ目は八人の女性の名前が並んでいる。どこか懐かしいその名前を見ていると、記憶の扉が少しだけ開いたような気がした・・・・・・


 そうだ、これは私がこの部屋で、生徒達の悩みを記録した相談日誌だ。


 やっと彼女たちの事を思い出せるかもしれない・・・・・・私の胸は高鳴った。

 

 それにしても、随分と時間が経ったにも関わらず、数十年以上前の資料がまだ残っているとは・・・・・・筆跡を見てみると、確かに自分の物だと確認出来る。


 この命を絶とうとしたタイミングでこれが落ちてくるなんて・・・・・・


 なにか運命的なものを感じてしまう・・・・・・いや、何かに呼ばれているのか?


 このファイルの中には、私の失われた記憶の大事な部分が書き記されているかもしれない。


 当時の生徒達が並んで、手招いているイメージが浮かぶ・・・・・・


 私はイメージを払い、恐る恐る、相談日誌を開いた・・・・・・

 





 


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