第四話「ディストピアの番人」

 セーラの《智天使の羽ばたき》が放たれた瞬間、光は音を追い越して塔の空気を震わせた。

 侍たちは壁際まで吹き飛び、鎧が軋み、意識を失った者たちは静寂に沈む。

 だが、一人だけが立ち上がった。

 刀身が冷たい光を返し、虚ろな眼に微かな生の炎が宿る。

 侍はジュリアンの命令があるまでは微動だにせず、無表情な目に刀身だけがキラリと光った。

 恐らく刀も魔法で強化されているのであろう。

 命令ではなくコードで動く、魂を模したプログラム。


「お前が秘密裏に行ってきた改変に私が気づかないとでも思ったか?」

 ジュリアンは悲しげにオルドに告げた。

「オルド…私の目的に協力しろ。さもなくば…ここで死ね」

「目的、だと……?」

 その問いには答えずジュリアンは再び侍を操るコードを唱え始めた。


「させるかよ!」

 カイは結氷の呪文をアレフに唱えた。

 鋭利な氷の刃がアレフの無意識に纏うシールドにより弾かれる。

「魔法が、効かない!?」

「アレフの纏うオーラが強すぎて、治癒の魔法をかけるために近づくことすら出来ない!」

 マリアが泣きっ面で叫ぶ。

「わたしが行く!」

 全裸にタオル一枚のセーラが天使の鉞を手に取る。

「待つんだっ、セーラ」

 オルドが制する。

「何故!? オルド様……殺されるわ!」

「お前の身が、危険だ」

「どうして…」

 涙ぐむセーラ。


 血が滴る羽根の付け根を片手で抑えて止血を試みるオルド。

「その出血量、さぞ痛かろう」

 ジュリアンは憐れむようにオルドに声をかけた。

「お前は間違っている」

「な、何が」

「箱庭の世界では理想郷など決して実現しない。結末は常に暗黒の世界しか無いのだ」

 ジュリアンが両手をかざすと、見る見るうちにオルドの失った片羽根が再生していく。

「はぁはぁ…目的とは何だ」

 オルドはすぐさま訊いた。

 ジュリアンはざんばらの前髪をかき分けながら答えた。

「お前の行動は邪魔なんだ。現世に戻り、我々と再び箱庭のプログラムを組み直せ、そして」

 ジュリアンはセーラを一瞥する。

「あの異端の天使、セーラを消すことだ。あれは私たち創始者の力すら脅かす」

「馬鹿な…それに私はここが気に入っている。戻る気はない」

「ソロ……私は君を信じていた」

 オルドにとってそれは懐かしい名であった。

「裏切った相応の罰は受けてもらうぞ」

「今さらか、ジュリアン」

「ここで何百何千年経とうとも、私たちには数刻の間の話だ」

「いやだ。と言ったらどうする?」

「それならば」

 ジュリアンの手に豪華な装飾が施された三叉の鉾が出現した。

「その命、貰うまでだ」

「し、親友を殺すのか」

「安心しろよソロ。ここで死んでも別の生命に転生するまでだ。君もそうして生きながらえてきたんだろ」

「ソロに君……か。口調も昔のお前に、戻ってきたじゃないの」

 オルドはまだ奥の手を残しているような、余裕のある表情で言った。

「前世の記憶を引き継げないほどに、その魂をズタズタに消滅させてやろう」

 そう言うとジュリアンはその煌びやかな鉾を両手に構え直した。


「ポセイドンの三叉の鉾……」

 カイがボソッと呟いた。

「はい?」

 素っ頓狂な声でマリアが聞き返す。

「オルドさんのアプリの、武器の項にあったんだ。画像つきで。オレそういうの好きだから覚えてる」

「ポセイドン、ギリシャ神話に出てくる海の神様ね……えっ?」

 蘇ったアレフことジュリアンは神の武器を有する存在……つまり。

 三人は偽者のアレフにある疑惑と恐怖を抱き、ゴクッと息を呑んだ。

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