第46話 行動の件

 私が若い頃に制作した魔道具で今回の役に立ちそうなものは三つございます。


 先ずは隠密のマントでございます。これを身にまといますと私の気配は無くなります。音、匂いも消し去ってくれる優れものです。更に優れている点として、マントを身に纏った状態で声だけを届けられるのです。これは偶然の産物でございますが、このように出来て良かったと思っております。


 二つ目は俊飛足のブーツでございます。こちらは慣れるまで苦労致しました……

 簡単に言いますと空を駆ける事の出来るブーツなのでございますが、目で見て地面が無いのにそこを蹴って駆けるのは脳の理解が中々追いつきませんでした。

 けれどもこれで人には無理な速度、時速百八十キロで空を駆ける事が出来るのでございます。

 疲れる事もございません。いえ、慣れるまでは太ももなどの筋肉痛はございましたが……

 速度を出せるのはブーツ本体に仕込みました風の魔法で進めるのです。しかしながらブーツであるがゆえに組み込める魔鉱石が小さいので二時間に一度は交換する必要がございます。

 私は風の魔法が込められたブーツ専用の魔鉱石を二千個用意しておりますので直ぐに困る事はございませんが。


 最後の一つは禁断のものでございます。出来ればこれはずっと封印したかったのでございますが……

 その魔道具とは透視メガネでございます。ダイヤル調整機能付きの優れものでございまして。医療の役に立つかと思い開発致しましたが……

 開発した若かりし頃に、実験の為に掛けた際に女体の神秘を見てしまいました。それ以来、ずっと封印しておいたのですが今回だけは仕方なく出さざるを得ないようですので封印を解く事に致しました。


 誤解のないように申しておきますが、本当に医療の為に開発したのでございますよ。透視メガネはダイヤルを回せば人体の中を透視できます。臓器、骨、はたまた血管のみならず神経回路までも見ることが出来るのです。

 これならば難病と言われる病気の病巣を見つけることも容易い筈だとの思いから開発したのですが、結果としては世に出せないと思いまして封印した次第でございます。


 この三つの魔道具を使って私は神聖公国に乗り込むつもりです。そして教皇猊下に意見を物申してきます。その前に私の婚約者であるサーリャとコーベスにリリアを前にして、しばらく私が留守にするもっともらしい理由を考え出さねばなりません……


 考えてみるとこちらの方が難題でございました…… どのような理由が良いでしょうか。私は必死で考えてみたのですが、良い理由を思いつけません。こういう時は前世のことわざに頼りましょう。【三人寄れば文殊の知恵】でございます。


 私は王都へ向かいまして、王太子殿下とエレン様への面会を申込みました。お二人ともお忙しいお方ですので三日は待つことになる覚悟でございました…… まさか申し込んで直ぐにお待ち下さいと言われて、その五分後には王太子殿下の目の前に座っているとは私も予想外でございました……


「クロス、どうしたんだい? 君から私に会いに来るとは余程の事だと思って他を中止したんだが」


 こ、困りました…… 言い訳に困って相談に来ましたなんて言えば何と言われるでしょうか……


「クロス様、何かございましたか? まさか神聖公国からの刺客が?」


 いえ、エレン様。襲撃にはあいましたが神聖公国ではなくアーメリア帝国の前皇帝からの刺客でした。そちらはヒルデリア様にご連絡を入れて既に何らかの手を打って頂いております。

 しかしどうしましょうか…… 私の国にしてみれば取るに足らない理由で王太子殿下と婚約者様に予定を変更して頂いたのは本当に申し訳なく思います。けれども私はお二人に嘘などはつきたくありませんので正直にお話する事に致しました。


「ロナウド様、エレン様、実は私は神聖公国の教皇猊下に極秘裏にお会いしようかと思っているのですが、私一人で行動しようと考えております。しかしながらやはり危険もございますのでサーリャやコーベスに留守にする理由を正直に告げる訳にはいかないのです。何か良い言い訳はないかと思いご相談したかっただけなのです。お忙しいのにこのような理由で面会を申し込んでしまい、本当に申し訳ございません……」


 私の言葉をお聞きになられたロナウド様は難しい顔をなされます。


「教皇に会うと言ったがクロス……」


「はい、何でございましょう?」


「それはクロス自身がかなり危険では無いのか?」


 来ました。この質問を私は想定しておりましたので早速二つの魔道具についてお話をさせて頂きました。三つでは無いのかですって? その訳はお分かりでしょう。いくら何でもエレン様の前で透視メガネの話をする訳には参りません。 


「凄いですわ! こんな魔道具を作っていたなんて!!」


 エレン様が隠密のマントと俊飛足のブーツを見てそう言って下さいます。


「うん、これならば大丈夫か…… それで何日ほど留守にするつもりなのだ?」


「はい、行き帰りも含めますと五日ほどを見積もっております。六日後には戻ってくるつもりでございます」


「ならばそうだな、クロスよ。ちょうどヒルデリア様がここから馬車で二日ほどの場所に滞在しておられるのだ。そこに陛下からの書状を持っていくという任務を与えよう。フォンでは詳しい説明が難しい事を書状にしたためたと言えばサーリャ嬢も理解するだろう」


 私の日程をお聞きになられてロナウド様が最善の策を練って下さいました。


「有難うございます。それではそのように致します」


「うん。実際に書状は届けて貰うけど神聖公国に向かう途中なのでそれは構わないだろう?」


「はい。大丈夫でございます」


 馬車で二日ならば俊飛足のブーツならば一日もかかりませので大丈夫でございます。

 そこで私はもう一つお願いがあるのを思い出しました。


「ロナウド様、エレン様、図々しいのは承知でこの場をお借りしてもう一つお願いがございます」


「何でしょうかクロス様?」 

「何だクロス?」


 そこで私は神聖公国の手がビヨウ商会に伸びている事をお伝えしました。そして、シルベリ会頭が狙われているらしい事もお伝えします。


「まあ! それは大変ですわ!? もしもシルベリ女史が攫われたりしたならば美生堂化粧品の販売が滞る事に! そうなると四国同盟にも亀裂が入るかも知れませんわロナウド!!」


「むっ!! それは困る! 分かったクロス。私の手の者で密かにシルベリ女史たちを守る事にしよう。そして、タイミングを見て神聖公国の者を捕らえてみせる!!」


 これでシルベリさんの身辺も少しは安心出来ます。私はロナウド様とエレン様にお礼を申し上げて会見を終わりました。


 それから屋敷に戻りサーリャとコーベスに極秘任務を授かった事を伝えます。


「まあ、ロナウド様から! ヒルデリア様の元に行かれるならば危険は無いでしょうけど気をつけて行ってらっしゃいませ」


 サーリャは直ぐにそう言ってくれましたがコーベスからは、


「クロス様。ご出発は明後日でございますね? それでは執務室に早急に対応していただきたい書類を取り揃えておきますので、明日までによろしくお願い致します」


 そのように言われましたので執務室に向かいますと……


 コーベス、本当に早急な対応が必要なものばかりですか? かなりな量に見えるのですが……


 そう思うだけの質量の書類が机に積まれておりました。


 しかし今は行動の時でございます。私は先ず一歩を踏み出さねば前に進まないという前世の教訓を思い出しながら書類との格闘を始めたのでした…… 

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