第42話 それぞれの件


 神聖公国教皇の部屋にて


「エミーナ、この報告書はどういう事なのかな? 私の目が間違っているのかな? 確か前の報告書だとサーヴァン王国の貴族家の下働きとして信者たちが入り込んで布教活動を行い、使用人たちの改宗に成功したと書いてあったよね? なので貴族たち自身の改宗も時間の問題だって書かれていたと思うのだけど。今回の報告書を読む限り、何だか改宗した者たちがまた邪教に戻ったと書かれているみたいなんだけど、私の見間違いかな?」


 教皇の目の前でエミーナはダラダラと冷や汗を流しまくっている。エミーナにしても送り込んだ信者たちの監視役からの報告を読んだ時には「何じゃーっ! そりゃーっ!!」と叫んだ程であった。

 しかも事はサーヴァン王国だけでなく、アーメリア帝国からの報告にも同様な内容が書かれていたのである。その点を教皇にはまだ問われていないが時間の問題であろう。


『ああ、ここで無能者と教皇猊下に罵られて私はお仕置きだという名目で猊下にこの場で裸になれと命じられて猊下からあんな事やこんな事を…… ゲヘヘへ……』


 脳内で現実逃避を行うエミーナだったが、教皇はその全てを見抜きながらも面白いからもう少し見てみようと静観していた。

 目の前で体をクネクネさせながら時折「げ、猊下、そこはダメでございます」とか、「ああ、そのようなお戯れを」などの一人劇場を一通り見ていたが飽きてきたので遂にエミーナに声をかけることにした教皇。


「はい、エミーナ。妄想はそこまでにして戻ってくる」


「ハッ!? し、失礼しましたっ!」


 教皇の声に正気に戻るエミーナ。そんなエミーナに教皇は指示を出した。


「エミーナ、新たに信徒となった者たちが何故また邪教に戻ったのかの調査を至急行うように。結果が出たら直ぐに報告するように」


「畏まりました教皇猊下。それで、あの〜」


「何かなエミーナ?」


「お、お仕置きなんかは、その……」


「ああそうだね。お仕置きは一週間、私の前に姿を表さない事にしよう。但し結果が分かったなら報告はしにくるように」


「はい、畏まりました!!『三日で原因を探り出して見せるわ!!』」


 エミーナは決意して教皇の部屋から出ていくのであった……



 サーヴァン王国のカーラン伯爵家ではとある問題が起こっていた。


「おい、何で使用人がこんなに少ないんだ? もっといた筈だろう?」


 当主であるハロルド・カーランは屋敷内の使用人の数が余りに少ないのでそう叫んでいた。何故か新しく雇った雑用係が軒並み居なくなっていたのだ。


 第二夫人ナメリア、第三夫人ケニー、第四夫人アイシャの三人はそんなハロルドに話しかける。


「ハロルド様が雇った者たちは一昨日に突然に全員が退職しますって言ってきたんですの」


「私たちも理由を聞いたのですけど、一身上の都合と言われましたわ」


「次の雑用係を早くお雇いになさって下さいませ、ハロルド様」


 三人の夫人からそう言われたハロルドは、


「レミーは何処に? こういう時こそ女主人の出番ではないか!」


 そう言ったのだがナメリアがハロルドに思い出させた。


「レミー様には領地を見ておけとハロルド様が仰ってカーラン伯爵領にお客様と一緒に送り出されたでしょう? お忘れですか?」


「そ、そうだったな。もちろん覚えているとも! よし、それではこの王都屋敷の女主人はナメリアだ! 雑用係を早く雇うのだ!!」


 ハロルドがそういった途端にナメリアは泣き出してしまう。


「酷いわハロルド様! 私は何をせずとも隣にいれば良いって言って下さったのはウソでしたの!?」

 

 そんな風に女性に言われるとハロルドは弱い。


「いや! ウソじゃないぞナメリア! そうだ、君は何もしなくても良いんだ! だからケニー!」


「そんな…… 私には隣にいていつも僕のアレを触っていて欲しい。それだけで良いって仰ったのに……」


「そ、そうだ! ケニー! 君は私のジュニアの世話をしてくれれば良いんだっ!! なのでアイシャ!」


「結局は一番弱い立場の私が…… ヨヨヨ……」


「な、泣かないでくれ、アイシャ! 心配するな! 私が何とかするから!!」


「「「さすがハロルド様ですわっ!!」」」


 ハロルド・カーラン…… 結婚してからは複数の妻たちに良いように操られているようだ……




 レミー・カーラン伯爵夫人はアーメリア帝国の元大公であるマダギとその夫人であるカーラと共に領地で策略を巡らせていた。


 その地にはカーラン伯爵家の王都屋敷を辞した雑用係の大半が来ている。全てレミーの魅力によるものである。


「そうなのね、神聖公国の教皇が遂にこの国にも食指を伸ばしてきたのね…… フフフ、今までと同じようにはいかないわよ教皇…… 私の国には私でも意のままにならないクロスが居るわ。貴方の思い通りにはいかないわよ、フフフ」


 私室でそう独り言を言うレミー。クロスの事を認めているような物言いである。


「フフフ、教皇とクロスがぶつかり合って互いに弱った所を…… フフフ、私の野望は道順は違えど叶えられるようね。これで大陸制覇を成し遂げて見せるわ。そして…… フフフ……」


 レミーの一人笑いが高らかに私室に響き渡った。



 エミーナは頑張った。信者たちの布教活動が頓挫した理由を探る為に実際に帝国まで出向いたのだ。

 三日というのは無理であったが、何とか五日目に神聖公国へと戻ったエミーナは教皇に報告をしていた。


「なるほど…… ビヨウ商会が神に固有名詞を付けて商品を売り出した為に…… 危険だね、物凄く危険な思考だ。邪教極まれリたねエミーナ」


「はい、教皇猊下。唯一絶対神である誕生神様を脅かす愚かな行為でございます。ビヨウ商会の現会頭であるシルベリという女性は粛清対象にすべきだと愚考いたします」


「そうだね…… いっそのこと…… いや、粛清は待とうか。公国の深部信者を使って私の前に連れて来てくれるかな。改宗すればそのビヨウ商会が我が国のものになるしね」


「きっ、教皇猊下自らが改宗なされるおつもりですか!?『なっ、何てうらやましい! 代われるものなら私が代わりたい!!』」


「フフフ、そうだね。今回はエミーナも頑張ったから褒美が必要だね。さあ、先ほどの命令を実行してから戻っておいで」


「ヒャい!! 教皇猊下、直ぐに戻って参ります!!」


 エミーナは部屋を飛び出していった。


「ビヨウ商会の化粧品の数々は私も利用してるからね。無くなるのは困る。だから手に入れてしまおう。フフフ…… シルベリという女性が美しければ改宗にも力が入るけれど、それはまあ会ってからのお楽しみだね……」


 ビヨウ商会に狂信者の手が迫っていた……

 


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