第40話 貴族の件

 


 私が自分の領地の教会にて、神殿長たちにお願いした件は直ぐに動き出したそうでございます。


 しかしながら…… 貴族というのは頭の固い保守的な考えを持つ方が多いのだと実感してしまいます。シスター・テレナから私宛に届く報告書にはどうにも結果が芳しくないという事が書かれておりました。


「むう〜…… 困りましたね。実家であるハルビルト子爵家や王家などには直ぐに受け入れられたそうですが…… 私の実家はまあ…… 司祭殿が言うならそうなんだろうとアッサリと受け入れるのは分かっておりましたが、王家の方はエレン様のお陰でしょうね。あの方も私と同じく日本からの転生者ですから、神々という概念をお持ちですし。しかし他の貴族家の方々は…… 何家かは受け入れて下さっているようですが、まだまだ数が少ないですね。ひょっとして既に布教され洗脳されてしまっているのでしょうか? その可能性もありますね」


 朝から執務室でそのような事を考えておりますと、コーベスが扉をノックして入ってきました。

 あ、私の執務室の扉は常に開けております。誰か来ても直ぐに分かるようにする為にでございます。


「クロス様、領民からの志願兵により領都の警備隊が編成を終えました。こちらがその報告書でございます……」


 そう言って三枚の用紙を手渡してくるコーベス。その後にまだ何かを言いたそうにしておりましたので、私から水を向ける事に致しました。


「このほかに何か報告があるのですか、コーベス?」


「いえ、報告は以上です。しかしながら一つだけ申し上げてもよろしいでしょうか?」


「はい、構いません。意見があるならば何でも言って下さいとお願いしたのは私ですから」


 私がそう促しますとコーベスは意を決した表情で話し始めました。


「恐れながら申し上げます。今回の警備兵の採用にはクロス様とサーリャ様の魔道具にて合否判定を行いました。その結果として百五十三名の警備兵を雇う事となりましたが、他の領地と違い一人当たりの実働時間が八時間、三交代制という新しい制度に週に一度は必ず休むという形式も初の試みでございます。このような形で果たして領都の警備は出来るのでしょうか? それに支給された制服も物理・魔法防御向上に毒物・劇物耐性、更には疲労軽減なども付与された服ですし、武器の警棒とやらは破壊耐性に電撃効果も付与されておりとても一警備兵が持つような物ではございません。クロス様は警備兵を使って何をなそうとお考えなのでしょうか?」


 おや? 私の前世で言う警察という組織を参考にして考えたのですが…… どうやら今世ではやり過ぎのようですね。しかしながら、領都の治安を守って貰う為の兵たちですから、存分に働けるような体制を敷く事が領主としての勤めでございます。


「コーベス、新参貴族である私は騎士団を編成出来るほどまだ他の貴族家の方々からの信頼が厚くありません。まあハルビルト子爵家は除きますが。なので領都の治安を守り領民を守って頂く為に警備兵という組織を編成しました。志願して頂いた二百二十五名の方から適性のある方が百五十三名もいたのは私としても喜ばしい事でした。そして、その方々が思う存分に働けるように手を尽くすのは雇い主としては当然の事です。人は八時間以上を働く事も可能ですが、何日もそれが続くと知らぬ間に疲労が蓄積していきます。なので、一日二十四時間を三つに分けて交代制として領都の治安を守って貰うのです。週に一日必ず休むというのも、酷使した体を休めて貰う為でもあります。『本当は週休二日にしたいぐらいですが、流石にいきなり導入するのはコーベスだけでなく他からも反対意見が出そうでしたからね……』そして、治安を守る警備兵が怪我をして欠員を出すのも本末転倒な気がしますので、私は今回の制服や警棒を作ったのです。彼らが必ず領民たちを守ってくれると私は思っております」


 静かにですが力強く私がそう言いますとコーベスの目は納得したような光を浮かべ、それから私に頭を下げてまいりました。


「クロス様の深慮遠謀を理解できずに申し訳ございませんでした。確かに人は八時間以上を働く事が可能ですが、そうですね…… 疲労は蓄積していくでしょう。私は彼らは若いから大丈夫な筈だと思ってしまっていました…… 申し訳ございません」


「いえ、良いのですコーベス。確かに私のやり方は他の貴族の方々とは違うのですから戸惑い、悩むのも無理はありません。しかし、それを自分の中で疑問のままにする事なくこうして聞いてくれるのは私としても有難い事ですから。これからも何かを感じたり思った時には必ず言って下さい」


「はい、クロス様!」


 コーベスが部屋を出ていきまして私はまたも貴族の方々の保守的な考えをどうしようかと頭を悩ませる事に致しました。


「クロス様、今はお時間よろしいですか?」

  

 呼びかける声に扉を見ますとサーリャが何通かの封書を持ってこちらを見ています。


「頭を少し冷やそうと考えていた所ですから、ちょうど良かったです。サーリャ、その封書はどなたからですか?」


 私が愛しい婚約者に微笑みながらそう言いますとサーリャも嬉しそうな顔をして中に入ってきてくれます。


「クロス様、こちらが私の父と伯父様からの二通です。それとこちらはアーメリア帝国のストーム皇帝陛下からの書状ですわ」


 私は封書を受取り先ずはサーリャの父君からの封書を開きました。


【クロスへ。私の可愛いサーリャを泣かせてないだろうな!! もしもそうならば剣を持って出向くからなっ!!】


 冒頭から叔父上らしい言葉で始まった封書には、ヨーネ王国では神殿からの新しい考えを受け入れる貴族が多く、神聖公国の信者たちがあぶり出されていると書かれておりました。もう一通のサガノヤ叔父上からの手紙も同じような事が書かれておりまして、最後に


【サーリャ嬢との結婚式には必ず出席するから絶対に連絡するように!!】


 と結ばれておりました。私はサーリャにその事を伝えて、結婚自体はコーベスやリリアと合同で領地の教会でシスター・テレナに行って頂き、披露式にて叔父上たちをお呼びしようと相談致しました。


「はい! 私も賛成ですわクロス様!!」


 さて、そうなると出来ればサーヴァン王国の貴族の方々の目も覚ませておきたいところでかございますね。そう思いながら私はストーム皇帝陛下の封書を開きました。


【クロス・シュヴァルト子爵殿

アーメリア帝国皇帝であるストーム・アーメリアからご挨拶申し上げる。サーリャ嬢もお元気だろうか? お二人の結婚式には妻レイジーナと共に必ず出席するので連絡を入れて欲しい。

 それにしても自操車は素晴らしいな、クロス殿! あの乗り物は自分で操作する事に楽しさを感じる! そして、好きな時に好きな場所に向かえる自由は何ものにも代えがたい! レイジーナはほぼ毎日、自操車を使っているほど気に入っている。私としては帝国にて新たな法整備を終えて、自操車の街道での最高速度を百キロにまで引き上げようと画策中だ。なので、クロス殿にはその開発をお願いしたい!! さて、余談はこのぐらいにして本題に入らせて貰おう。我が国の貴族たちは殆どが頭の固い者たちばかりで、神殿からの神々の体系を聞いた者で受け入れた貴族は八家しかない状態だ…… 私自身がまだ新米皇帝なので、それほど貴族への影響力を強く持っていない事も影響してか、私が神殿の教えを支持すると伝えてもこの為体ていたらくだ…… 義母上ははうえに頼る事も視野に入れてはいるが、先ずはクロス殿に良き知恵が無いかと思いこの手紙を綴っている。何か良案があるならば、時間は何時でも良いのでフォンにて私にも教えて欲しい。よろしく頼む。


 追記 自操車開発もよろしく頼む! レイジーナも楽しみにしているのだ!】


 フフフ、全てを読み終えて思わず笑ってしまいました。私はストーム皇帝陛下からの手紙をサーリャに手渡しました。

 読み終えたサーリャもにこやかな表情となります。


「クロス様、ストーム皇帝陛下はレイジーナ様と仲睦まじいご様子ですね。私たちもお二人のような暖かい関係に……」


 ここまで頬を少しだけ赤く染めて言った後に一転して困ったような顔になり


「それにしても、サーヴァン王国だけでなくアーメリア帝国でも同じように貴族の方々は神殿の教えをなかなか受け入れられない様子ですね。ヨーネ王国ではそのような事は無いとお母様から聞いておりましたけど…… クロス様、何か良い考えはありますのですか?」


 サーリャはそのように私に問いかけてきました。実のところ、私もまだ良い案を思いついておりません。なので正直にサーリャにそう告げました。


「サーリャ、実は私もまだ良案は思いついて無いのです。何か良い手は無いでしようか……」


 私が正直にそう言いますとサーリャも真剣な顔になって考えてくれております。

 そして、二人で頭を悩ますこと三十分。ハッとした顔にサーリャがなったことに気がつきました。


「サーリャ、何か思いつきましたか!!」


 藁にも縋る思いで私がそう聞きますとサーリャは、


「あ、あの、その、上手くいくかどうかは分かりませんわ、クロス様」


 と少し言いづらそうにそう答えました。それでも私としては今はどんな事でも解決の糸口に繋がるかも知れないという思いでサーリャに思いついた事を話して欲しいと頭を下げました。


「分かりましたから頭を上げて下さいクロス様。その、私が思いついたのはビヨウ商会に協力して貰う事ですの。今ある商品の中で貴族向けの商品を神様たちのお名前を冠して販売するという手が多少なりとも有効にならないかと思いついたんですの。例えば、紅に【豊穣神様の唇】ですとか、白粉に【恋神様の肌】ですとかの商品名を付けますと購入された奥様方やご令嬢方から意識改革が可能では無いかと…… 子供のような思いつきですけど……」


 自信の無さそうなサーリャの言葉に私は自分が今日ほどバカだったと思い知る日が来るとは思いませんでした!! 思わず普段は出さない大きな声でサーリャの名を叫んでしまいました。


「サーリャ!!」


「キャッ!? は、はいクロス様!」


「有難う! 私はすっかりと忘れてしまっていたようです!! そうです! その手があったではないですか!! 子供の発想? いいえ、違いますよサーリャ! これはとても素晴らしい方法です!! これならば頭の固い保守的な貴族の方々も受け入れ始めるでしょう!! さっそく、シルベリ会頭に会いに行きましょう!! サーリャも一緒に来て下さい!!」


 私の言葉と興奮した様子にサーリャは驚きながらも支度をして参りますと自室に戻っていきました。


 本当に私とした事が…… 何を悩んでいたのでしょうか。いつの世も女性を味方につければ世の中の九割九分は上手くいくのだという事実を失念しておりました。それに気づかせてくれたサーリャには本当に感謝しかありません。


 サーリャには何かサプライズプレゼントを用意しなければ!!


 これで必ず何とかなるという、逸る気持ちを抑えて支度を終えたサーリャと共に私はビヨウ商会王都本店に向かったのでした。




 

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