第31話 皇太后の決断の件

 


「ねえ、クロスくん。ちょっと相談に乗って欲しいのよ」


 何だか皇太后様の言葉遣いがくだけておりますが、側近の方にお聞きしますとこちらがだとのお話でした。

 公の場では皇太后というお立場なので言葉遣いに気をつけておられるそうです。 


「何でございましょうか、ヒルデリア様?」


 名前で呼ぶようにと言われておりましたので私もちゃんと対応しております。


「うちの愚息二人についてなのよ。どうやら大公であるマダギはサーヴァン王国のカーラン伯爵家にいるようなのだけど、そのマダギから皇帝である兄つまり私のもう一人の愚息宛に手紙が届いたようなの。その内容はレミー・カーラン伯爵令嬢を帝国へと招待する事らしいのだけど…… このレミーという令嬢はクロスくんの前の婚約者よね?」


「そうでございます、ヒルデリア様」


 私は正直にお答えします。


「やっぱりそうなのね。この令嬢ってどんななのかしら? クロスくんの知っている事を教えてくれないかしら?」


 ヒルデリア様からそうお聞きされたならばお答えしない訳には参りません。けれどもエレン様からお聞きした事までもお話するべきなのかを私は判断致しかねます…… 


「さようでございますね…… レミー様はご自分のお気持ちを正直に話されるのが苦手なご令嬢でございます。しかしながら、どうやら人に好かれる能力をお持ち合わせているようでございます。これはレミー様からお聞きした訳ではなく、婚約して頂いていた期間のレミー様を見た私の憶測ではございますが。レミー様はご自分の事を好いて下さる方には助力を惜しまないお方であったと記憶しております……」


 嘘は申しておりませんが、やはりエレン様からお聞きした話はお出ししない方が良いてしょう。聡明なるヒルデリア様ならば既に私の知らない事までご存知の事もございますでしょうし。


「そうなのね…… それにしても今は困るわね…… いっその事…… いえ、まだ時期尚早かしら? でも既に相手は動き出そうとしてるようだし……」


 私がレミー様についてお答えした後にヒルデリア様は何やら独り言をブツブツと言われております。しかし、やがて私が目の前にいることを気がつかれたのでしょう。ハッとされてから


「教えてくれて有難う、クロスくん。これでレミー嬢については私の方で対処する事が出来るわ。それじゃ、引き止めて悪かったわね。教習所の方もよろしくね」


「はいヒルデリア様。それでは建設現場に向かいます」


 私は退室のタイミングだと思いそう言ってヒルデリア様の御前から退室致しました。あのヒルデリア様が何やら思い詰めたようなご様子だったのは気にかかりますが、何も知らない私が何かを言う訳には参りません。


 私は教習所の建設現場へと向かいました。そこでは、


「おーしっ! そうだ、そこにその丸太を埋め込んでくれ! おっ、やるなぁ、さすがは帝国の職人だ! ピッタシはまるじゃねぇか!」


 グレイ親方の威勢の良い声が響いておりました。どうやら皆さん和気あいあいとしながらも確実に急ピッチで工事を進めて下さっているようです。私は少し離れて見守っていたザンガンさんの元に向かいました。


「順調に進んでいるようですね」


「シュヴァルト子爵、グレイ親方は人使いが本当にお上手ですね。あっという間に帝国の職人の心を掴み、巧みに配置を決められました。まだ新人と言えるような徒弟にも何かしらの役割を与えて、時折は技術指導も行っておられるのを見て感心していた次第です」


 そうでございます、グレイ親方は本当に良い配置に人を持っていきます。その技は神がかっているとサーヴァン王国内でも有名な親方なのです。


 私とザンガンさんが仲良く話をしていますとグレイ親方から「休憩だーっ!!」の声が響きました。この休憩という概念をこの世界に持ち込んだのも私でございますが、実践して下さる親方はそれほど多くありませんのが現状でございます……

 しかし、ダイゴウ親方やグレイ親方のように、間に休憩を挟む事で仕事の効率が良くなったと認めて下さる方もいらっしゃいます。


「クロス様! 先日は有難うございました!! お陰で俺の連れてきた野郎どもも気合いが入ってますぜ! 今日は帝国の職人たちとも飲みに行く予定ですぜ!」


 休憩を指示したグレイ親方がザンガンさんと共にいた私の所に来てそう教えて下さいました。それを聞いて私はグレイ親方に巾着袋を渡そうとしたのですが、


「おっと! 軍資金は先日に頂いておりますぜ、クロス様! まだまだ余裕がありますから気遣いは無用でお願いしますよ!」


 と先手を打たれてしまいました。


「そうですか。ですが足りないようなら言ってくださいね親方」


 私はそう言って親方から工事の進捗具合をお聞きします。どうやら当初の予定よりも進んでいるようです。


「今さら親方に言うのは何ですが、無理をせずに進んでいるならば適度に休日も入れて上げて下さいね親方」


「へへっ、勿論ですぜクロス様。ちゃんとその辺りも考えて工程を組み直します!」


 私の言葉にグレイ親方はそう言って下さいました。やはり、休日は大事でございますからね。休みをとって気分をリフレッシュすれば仕事の効率も上がりますので。


 そうして私はその日は建設現場に張り付いておりました。帝宮に戻りますとサーリャが私に「お疲れ様でしたクロス兄様。お帰りなさい」と言ってくれました。

 いや、何だか新婚のようでございますね。照れてしまいますが、それでも私はサーリャに「ただいま、今日はグレイ親方のお陰でかなり工事が進んでいたよ」と話を致しました。


 ロナウド様とエレン様は今日はサーリャと共に過ごして下さったようでございます。夕食の席でその事にお礼を申し上げました。


「いやクロス。助かったのは私の方だ。サーリャ嬢のお陰で恥をかかずに済んだからな」


 ロナウド様がそう仰られます。何があったのでしょうか? 答えはエレン様から頂きました。


「フフフ、ロナウドったら帝国の歴史を間違えて覚えてしまっていたの。それに気づいたサーリャ様がそれとなく話を逸らして後で正しい歴史をロナウドに教えてくれてのよ」


 どうやら本日は図書室にて帝国貴族の方と交流をされたとの事でございます。その際にロナウド様が勘違いなされている事に気がついたサーリャがお助けしたとの話でございました。

 私の婚約者殿はとても素晴らしい女性です。 


 そうして雑談をしながら楽しい夕食を終えて私たちは各部屋へと戻りました。


「クロス兄様、明日のご予定はどうなっていますか?」


 寝る前に私の部屋に来たサーリャにそう聞かれます。ここで誤解の無いように申し上げますと、私とサーリャの二人だけでなく、部屋には私付きとなってくださっている侍従の方とサーリャ付きになってくださっている侍女の方も一緒に居ますので。

 未婚の女性と例えそれが婚約者だとしても二人きりになるような真似は致しません。


「明日は実は面接を行います。それでサーリャにも一緒に来て欲しいと思っていたのですが、ロナウド様やエレン様と何か約束がありますか?」


 私がそう聞くとサーリャの顔にパッと喜びが広がりました。


「いいえ、特別に何かを約束は致しておりません。それよりも、本当に私も面接に立ち会わせて頂けるのですか?」 

 

「サーリャの目でも面接に来た方を見て貰いたいと思っているのです。構いませんか?」


 私はサーリャを妹のような言葉遣いで話すのではなく、一人の淑女レディとしての言葉遣いで話す事にしました。これで婚約者としてのサーリャの気持ちが良くなってくれればと思っております。


 サーリャも私の言葉遣いから私のその辺りの気持ちを察してくれて、さらには喜んでくれているようです。


「はい、クロス兄様。私でよろしければ立ち会いをさせて頂きます!!」


 サーリャからは未だに「クロス兄様」と呼ばれておりますが、この帝国に居る間に何とか兄様を無くして貰うように私も頑張る所存です。


 


 クロスがサーリャと明日の予定について話をしている頃、皇太后であるヒルデリアは女傑親衛隊隊長のボーザムと私室で話をしていた。


「そう、やはりそうなのねボーザム」


「はい、ヒルデリア様」


「マダギはレミー嬢の傀儡となってしまっているのね…… それにしてもカーラが可哀想ね。何とかあのは助けたいわ」


「手は打ってあります」


「さすがねボーザム。それじゃ、私の娘と婿殿の居場所も掴んでいるのでしょう?」


「はい、ヒルデリア様」


「それなら連絡を入れてくれるかしら? 婿殿には約定を守って欲しいと伝えてくれるかしら」


「畏まりました」


「それじゃこれからとんでもなく忙しくなるわよボーザム」 


「覚悟の上でございます。それにしても良くご決断くださいました」


「しょうがないじゃない、私は帝国民に対して責任があるもの。それに…… やっぱりあの結婚は失敗だったわ……」


「もう三十年以上も昔の事でございます姫様!」


「姫様はよしてちょうだいボーザム、もう私も五十二なのよ」


「私にとっては何時までも姫様でございますよヒルデリア様。それに…… 私にとっては王女様こそがヒルデリア様の後継者であるとの考えも変わっておりません」


「相変わらずねボーザム。それじゃ、愚息は廃帝にして帝国の片隅に現皇妃ともども幽閉、マダギも同じく大公位の剥奪を手配してちょうだい。カーラだけは私付きの侍女として手配してね」


「直ぐに手配いたします、ヒルデリア様……」


 皇太后が側近と共に密かに帝国の今後の事について決定していたのだった…… 


 ボーザムが部屋を出ていった後に皇太后であるヒルデリアは、


「神聖公国がこちらを飲み込もうとしている今の時期にサーヴァン王国やヨーネ王国に対して敵対するような態度を取る訳にはいかないわ。三国が協力して事に当たらなければ公国には対抗出来ないもの…… 愚息にはその辺りもちゃんと話をしていたのだけど、私の危機感はどうやら伝わらなかったようね…… ホントに死んでまで苦労をかけてくれるわね、私の旦那様だった男は……」


 寂しそうに、悲しそうにそう呟いていたのだった……

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