第6話 ゲームの件

 皆さん、おはようございます。


 いえ、私が今は午前中なのでおはようございますとご挨拶をさせていただきましたが、ひょっとしたはこんにちは、こんばんはの方も居られるかも知れませんね……


 そんな事はどうでも良いのですが、何故か私を訪ねて王太子殿下ロナウド様の婚約者であるエレン嬢が、私の妹であるメイミーを護衛騎士として連れて屋敷へとやって来ました。来られるというのは昨晩に送られてきた魔法紙によって分かっておりましたが、まさか翌朝に来られるとは思ってもみませんでした。確かにいつでもお越し下さいとは返信をお出ししましたが……

 私などにどんな用事があると言うのでしょうか?


 取りあえず応接間にお通しして茶の用意を侍女にお願いしました。


「こんな時に申し訳ありません、クロス様。わたくし、クロス様にお聞きしたい事がございまして」


 お勧めしたソファに腰掛けるなりエレン嬢が話し始めました。おっと、もう学園は卒業したのでエレン様と言うべきですね。


「はいエレン様。何でもお聞き下さい」


 私は本当に何を聞かれても困らないのでそうお返事をしました。メイミーは護衛らしくエレン様の後ろに立って控えております。


 私の妹ながらメイミーは武に優れていて学園でも騎士科に所属して頑張っております。並居る男性の学生たちをも追い越して現在は学園一の成績を納めているとか聞いております。自慢の妹です。

 おっと、物思いに耽って危うくエレン様の質問を聞き逃すところでした。


「クロス様、お答えにくいでしょうけれども、どうか本音をお聞かせ下さいませ。レミー様から突然の婚約破棄宣言でしたけれども、これからどうなさるおつもりなのか聞かせて頂きたいですわ」


 ああ何だ。レミー嬢からの婚約破棄についてでしたか。それならばお答えするのに何の問題もございません。


「エレン様、私はレミー嬢からの婚約破棄についてはお受けするつもりでございますよ。もちろん、家と家との間の事ですので私の一存で決められる事ではございませんので、両親とも既にお受けすると話し合っておりますし」


「ッ!? ですがそれではクロス様は市井に、庶民になられる事に!」


 エレン様が私が貴族から庶民になることを心配して下さっている。しかしながら私としてはむしろ庶民として生きていきたいと思っておりますので、エレン様にご安心いただけるように少し秘密をお話する事にしました。


「エレン様、少しだけですが私の秘密をお打ち明け致します。出来ましたらここでお話する事は王太子殿下にも秘密にして頂けると有難いのですが」


 私がそう言いますとエレン様はゴクリと唾を飲み込まれました。そして、「分かりました、神かけて喋らないと誓いますわ」とそこまでの必要は無いのに神に誓いをたてて下さりました。


「エレン様、【美生堂化粧品】というメーカーにお聞き覚えはございませんか?」


 私の言葉にメイミーの肩がピクッと動きましたが何も言いません。勿論ですがメイミーは私が【美生堂化粧品】の商品を創り出し、それを専売で販売しております【ビヨウ商会】のオーナーである事を知っております。


「勿論ですわクロス様。私も愛用しておりますわ」


「有難うございます」


 エレン様の言葉に私はお礼を申し上げます。聡明なエレン様ならばこれだけで分かる筈です。


「ッ!? まさか、美生堂化粧品の商品の数々はクロス様が?」


 さすがエレン様です。ちゃんと私の意図を汲み取って頂けたようです。私は言葉には出さずに軽く頷く事でエレン様のお言葉を肯定いたしました。


 そこで私の想定外の事が起こりました。エレン様は何故か護衛のメイミーに「少し離れていて下さいませ」と仰り、メイミーがその言葉に従って少し離れますと私とエレン様だけを囲うように遮音結界を施されたのです。


 これにはメイミーの肩はピクッどころかビクッと動きましたがエレン様が手で制されたのでその場を動くことはありませんでした。


 遮音結界などを張られてエレン様はどうされたのでしょうか?私が疑問に思っておりますとエレン様がその意図を明かして下さりました。


「クロス様、これから私がお聞きする事は他の者に聞かれますと頭が可怪おかしいと思われ、王太子殿下の婚約者に相応しくないとの声が出てきてしまいます。なのでメイミーにも離れて貰いました」


 おや、エレン様の口調が少しだけくだけております。普段はこのような言葉遣いをされるのでしょうか?


「ズバリお聞きします! クロス様は前世の記憶がございますね? この世界に前世の記憶を持って転生された方ですよね?」


 【ズバリ】とはまた懐かしい言葉をお聞きしました。前世では当たり前のように使われていた語句でしたが、今世では聞いた事がございませんので。それにしても…… エレン様も転生者なのでしょうか?

 まさか【美生堂化粧品】という名称から私が転生者だと推測されるとは…… 

 確かに前世の【資○堂化粧品】から名称をいただきましたが。少し安直でしたでしょうか。


 面倒事は嫌いなので否定したいところなのですが、否定しても今度は王家の影に張り付かれそうです。ここは一つ腹を割って話合いをしてみるべきでしょう。


「エレン様、私が転生者だと考えられた根拠を教えて下さいませんか?」


 それでも私からは肯定をせずに先ずは質問をさせていただきました。


「そんなの資生○化粧品をもじった時点でバレると分かってませんでしたか、クロス様」


 アッサリとエレン様に言われてしまいました。やっぱりエレン様も転生者のようですね。そこで私は正直にエレン様にお話しました。

 確かに転生者である事、しかしながら前世の名前などは覚えていない事などを。


 静かに私の話を聞いて下さったエレン様はポツリと仰りました。


「それではクロス様はこの世界が前世でゲームになっていた事はご存知ないのですね……」


 それは初耳でございます。あいにくと前世の私はゲームと言えばすごろくやトランプ、花札もやっていた記憶がございますが、テレビゲームやスマホで遊べるようなゲームはやっていなかったのです。


 私が驚いた表情でエレン様を見つめていますとそこからエレン様は怒涛のように話し始められました。


 何でも私がレミー嬢から婚約破棄を言い渡され、それが成立いたしますとサーヴァン王国がやがて壊滅するのだとか。ゲームの中でレミー嬢はやがて西の帝国へと行きそこで皇帝陛下の寵愛を頂戴して、皇帝陛下に強請ってサーヴァン王国は帝国と戦争になり滅ぼされるのだとか……


 にわかには信じがたい話ではございますがエレン様が心の底からやがてそうなると信じておられるのはわかります。しかしながらよくお話を聞きますとゲームとは違う展開にもなっているようでございます。


 それはレミー嬢のお相手であったり、私自身が何かを創って販売していたりなどはゲームでは無かったそうなのです。そこで私はエレン様に話をさせていただきました。


「エレン様、お話はよく分かりました。けれども私の考えを述べさせて下さい。確かに前世でエレン様が遊んでおられたゲームではこのままですとサーヴァン王国は崩壊してしまうのでしょう。しかしながらお聞きしたところ、いくつか違う点もあるようでございます。そこで私はこのように愚考いたします…… 私もエレン様もこの現実を生きているという事でございます。ゲームとは違い現実に生きて生活をしておりますので、私はゲームとは違う事が起こっていると考えているのです。よく似た世界ではあるのでしょうが、それでも私はゲームの作られたシナリオ通りに進むとはどうしても思えないのです。幸いにも帝国のご婦人方にも私の創った美生堂化粧品のご愛用者は多くおられます。サーヴァン王国を戦争にて壊滅いたしますと手に入らなくなる事は明白でございますので、ご婦人方から戦争反対の声は出てくる事でございましょう。なので、ゲームの結末を気にするなとは申しません。気にしつつもこれから先の事を見守っていただけないでしょうか? 既に相違点が出ているならば私は結末もまた違ったものになると考えます。生きた人が行動しているのですから……」


 私としては長く話しすぎてしまいました。けれどもどうしてもこれだけはエレン様にお伝えしておかねばと思ったのです。ここは現実でゲームではありません。転生という摩訶不思議な事が起こってはおりますが、それでも【今】を生きているのは間違いないのです。


「クロス様…… 何だか前世のお父様みたいな感じがしますわ……」


 私の長い話をお聞きになったエレン様はそうポツリと仰り、


「そうですわね…… 確かに私もクロス様も、それに他の方々も現実に生きて生活しておられるのですよね。私、今の今まで心からその事が抜けていたようでございます。クロス様のお陰で気づきましたわ。分かりました、事の成り行きを見守りつつ戦争などが起こらないように動く事に致します」


 何かが吹っ切れたかのようにそう仰られたのです。話を分かって下さって良かったです。


 それからエレン様は遮音をお解きになられて、雑談をして戻られました。


 さて、面倒事は嫌いではありますが、私も戦争などという争い事はもっと嫌いでございます。ビヨウ商会の情報網を使って少し情報を集める事にいたしましょう。

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