オリガミ、体を手に入れる

あれから、急いで自宅に戻ったので、千穂のご飯の時間にはギリギリ帰ることが出来た。


俺が「ただいまー」と言うと、千穂の「おかえり〜」という返事が、キッチンの方から返ってくる。


いいなあ。こういうの。


※※※


その後は、早瀬さんも一緒に、みんなで千穂の手料理を食べた。


最初は遠慮していた早瀬さんも、最近ではニコニコしながらご飯を食べている。すっかり千穂のご飯で餌付けされてしまったようだ。


そんな中、千穂が俺たちに尋ねてくる。


「今日、大学に行ったんだよね?どんな感じだったの?」


「いやー、ネムが教授と口論始めちゃってさ。大変だったよ」


「そうだったんだ。ネムちゃん、喧嘩しちゃったの?」


千穂が心配そうにネムに聞く。


「あれは喧嘩じゃなくて議論だよ。ワタシの声が大きかったのは熱くなってただけ。教授がカチカチに頭が固いんだよ」


ネムがぶつぶつと文句を言うその様子を横目に、俺は千穂へと話題を戻した。


「あと、教授の秘書さんに大学構内のいろんな場所を案内してもらったんだ。歴史ある建造物ばかりで、折り紙欲が刺激されたよ。あそこなら千穂も一緒に行ってもよかったかも」


「そうなの?私も行きたかったなあ」


「じゃあ、次に一緒に行けそうな所があったら、誘うよ」


「うん!楽しみにしてるね!」


千穂が満面の笑みを浮かべる。千穂は今日も可愛かった。


※※※


最近、ふと考えることがある。


俺たちがテーブルを囲んで、千穂の手料理を食べながら、千穂やネム、早瀬さんと他愛もない話で盛り上がっているとき、その輪の中に、オリガミだけは加わることができない。


オリガミは、静かに会話を聞いているだけだ。みんなが笑ったり、驚いたり、時には真剣な話をしたりしている中でも、オリガミは一言も声を発することができない。


オリガミ自身は何も気にしてなさそうだ。けれど、俺の方がどうしても気になってしまう。せっかく家族みたいに過ごしているのに、オリガミだけが「見えない存在」のままなのが、なんだか寂しい。俺の中で、オリガミを可哀想だと思ってしまう。


オリガミは俺の妹なのだから。


だけど、今はまだ千穂にオリガミのことを話すわけにはいかない。オリガミの存在や、その正体を明かすにはリスクが大きすぎる。千穂は優しいが、その人の良さから、嘘をついたりするのに致命的に向いていない。


※※※


……まてよ?もしオリガミに「体」があったらどうだろう?みんなと同じ空間で、同じように食卓を囲んで、なんらかのジェスチャー的な動作で会話に参加できたら。それだけで、オリガミの世界は大きく広がるんじゃないか?


もちろん、生身の体を持たせるなんて現実的じゃない。となると、やっぱりロボットか……。ロボットなら、オリガミの「体」として機能させることもできる。だが、どんなロボットがいいのか……。


まず思い浮かぶのはヒューマノイドロボット。人間型のロボットだ。だが、正直なところ、あの無骨な見た目のロボットにオリガミが入るのは、なんだか違和感がある。無機質な樹脂と金属の塊がリビングに佇んでいる姿を想像すると、ちょっと怖い。二足直立歩行のロボットは、メンテナンスも複雑そうだ。何より、オリガミのイメージに合わない気がする。


もっと可愛らしくて、親しみやすいデザインの方がいい。家族の輪に自然に溶け込めるような、そんなロボットが理想だ。そう考えると、動物型ロボットがいいかもしれない。動物の形なら、千穂や早瀬さんも警戒せずに受け入れてくれそうだし、コミュニケーションも取りやすいはずだ。


そういえば、最近は海外メーカーが開発した犬型ロボットが話題になっていた。動画で見たことがあるが、四足歩行で滑らかに動き、ジャンプやダッシュもできるほど運動能力が高い。あの犬型ロボットなら、オリガミの「体」として十分なポテンシャルがあるんじゃないか?もし手に入れて、オリガミ用にカスタマイズできれば、面白いことになるんじゃないか?


よし!あの犬型ロボットを改造して、オリガミの体にできないか考えて見よう。


※※※


俺は、オリガミに犬型ロボットを与えてみたいとネムに相談してみた。


「なあネム、オリガミにさ、犬型ロボットを『体』として与えたらどうかなって思うんだ。ほらこれ」


俺は犬型ロボットに紹介動画をネムに見せる。


「これなら、千穂や早瀬さんがいても、オリガミが俺たちと一緒に過ごせるんじゃないかって思ってさ」


ネムは大きく目を開く。そして、その細い腕を組み、しばらく真剣な顔で考え込んだあと、頷いた。


「いいんじゃないか?物理的な体を持つことで、オリガミにとっても、きっと新しい学びになると思うし。それに、ワタシもオリガミが犬型ロボット動かすとこ見てみたい」


俺たちの話を聞いているであろうオリガミにも話しかける。


「オリガミ、お前はどう思う?自分の『体』が欲しいか?」


しばしの沈黙の後、スピーカーから控えめな声が返ってきた。


『お兄様……もちろん、欲しいです。でも、AIの私が実際に『体』を持ってしまってもいいのでしょうか?』


俺は笑いながら答える。


「いいと思うよ。犬型ロボットを介せば、千穂や他の人とも、しぐさや動きでコミュニケーションが取れるだろ?それなら、オリガミの存在がバレることもないだろうし」


オリガミは、どこか嬉しそうな声で返事をした。


『……なるほど。お兄様がそう仰るなら、お言葉に甘えたいと思います。私も、自分の意志で『体』を動かしてみたいです。どんな感覚なのか、すごく興味があります』


そのやりとりを聞いていたネムが、パソコンを操作しながら声を上げる。


「どうせなら、今一番高性能なやつを取り寄せよう。お?開発者向けのバージョンがある犬型ロボットもあるみたいだな。これならカスタマイズもしやすいんじゃないか?」


俺とネムは、ネットでいくつもの犬型ロボットのスペックやレビューを比較しながら、どれが一番オリガミに合うか話し合った。最終的に、運動性能と拡張性に優れた最新モデルを選び、ネムが注文ボタンをクリックした。


「ポチった!」


「よし!一ヶ月くらいで届くって書いてあるな。オリガミ、楽しみにしててくれよ!」


『はい!とても楽しみです、お兄様!』


ネムも満足げに頷き、「ワタシもワクワクしてきたぞ!」と笑顔を見せる。


犬型ロボットは、一ヶ月ぐらいで届くらしい。楽しみだ!


※※※


一ヶ月後。


その頃には、黒田が「よいこ保育園」での更生プログラムを無事に終え、黒田エステートに復帰していた。黒田エステートは、オリガミがほぼ掌握したらしい。落ち着いたら、詳細を報告してくれるとのことだ。


また、俺たちの研究所建設計画も着々と進んでいた。教授から紹介された建設業者とやり取りを行い、ネムが提示した細かい要求仕様をもとも完了していた。


ネムは「耐震性は最低でもこの数値に」「セキュリティは物理・電子両面で最高レベルで」「クリーンルームはISO1クラスを」など、妥協を許さない姿勢で業者の建築士たちを何度も困らせていた。俺はそのたびに間に入り、ネムの意図を噛み砕いて伝えたり、現実的な落としどころを探ったりと、まるで通訳のような役割を果たしていた。


一方、千穂はちょうど大学受験のラストスパートに入っていた。なぜか我が家のリビングを勉強場所に選び、毎日朝から晩まで参考書やノートを広げている。俺が断腸の思いで「勉強大変だろうし食事の準備はしなくていいよ」といっても、「いい気分転換になるから」と笑顔で返され、結局いつも通り台所に立ってくれていた。正直、俺としてはとてもありがたかった。


千穂は勉強の合間、ふとした瞬間に「しょうちゃんと同じ大学に行きたかったな」とぽつりと呟くことがあった。俺だって千穂と一緒にキャンパスライフを送りたかった。


でも、俺はオリガミを神にしなければならない。大学に通っている時間はない。こればかりは、どうしようもない。


そんな慌ただしくも穏やかな日々が続いていたその日、ついに待ちに待った犬型ロボットが我が家に届いたのだった。


※※※


「ネム!犬型ロボット届いたぞ!オリガミ用にカスタマイズするの、手伝ってくれ!」


ネムがパタパタと駆けてくる。届いた荷物を見て、満面の笑顔だ。


俺は段ボール箱のガムテープを丁寧に剥がし、ガサガサと梱包材を取り除いていく。中から現れたのは、マットな質感の黒いボディと、精巧な黒い関節部が調和した、未来的なデザインの犬型ロボットだった。


「おっ、意外と軽いな……」


ロボットの各部には保護フィルムが貼られており、慎重にそれを剥がしていく。関節部やセンサー、カメラアイなど、精密に作られているのがわかる。


俺は付属の導入マニュアルを手に取り、ページをめくりながら起動手順を確認した。


「よし、まずはバッテリーを……」


その時、隣で見ていたネムが鋭い声を上げた。


「まて!バッテリー入れる前に、通信カードを抜くぞ」


「え?どうして?」


ネムは腕を組み、呆れたような表情で俺を見つめる。


「あのなあ。こういうのは、何が仕掛けられてるかわからないんだよ。電源入れた時点で、どこかと通信始めて、こちらの情報を送りはじめる危険性だってある。オリガミの存在がバレたら、シャレにならないだろ?」


た、たしかに。よくオリガミがやってるやつだ。ドールハウスのアプリについているような、バックドアってやつか。


「まず……通信カードを抜いて……USB端子にLANアダプタをつけて……オフラインのノートパソコンを接続して……。よし、バッテリーを装着してくれ」


「あ、ああ」


テキパキと作業を進めていくネムがカッコいい。俺、役立たずだな……これからは、せめてセキュリティ関連だけでも勉強しておこう。俺のうっかりで、オリガミの存在がバレたら、今までの努力が全て水の泡だ。


俺は少し落ち込みながらも、バッテリーを慎重に装着する。カチッという音とともに、ロボットの背面パネルが閉じられる。


「電源もオンにするか?」


「ああ。オリガミも、ロボが外部に通信始めたら、すぐに遮断するようにしてくれ。大丈夫だと思うけど」


『ネムさん、わかりました。ああ……これが私の体なのですね?ワクワクします!』


スピーカーから聞こえるオリガミの声は、いつもよりも高揚しているようだった。


俺はロボットの電源ボタンを長押しする。数秒後、ロボットの目にあたる部分が青白く光り、内部から小さなファンの回転音と、電子音が聞こえてくる。


ネムがノートパソコンのキーボードをカタカタして、設定を進めていく。


「おお!つながった。OSは……Ubontu派生か。通信先をオリガミだけに設定して……それ以外の通信を全てできないようにして……最後にWiFiアダプタを取り付ける……よし!いいんじゃないかな!オリガミ、ロボットに接続できるか?中にドキュメントがあったりするか?」


『……犬型ロボットに接続完了しました。ドキュメントは……ありますね。犬型ロボットの内部ストレージにPDFのドキュメントが見受けられます』


「それを参照して、全APIを学習してくれ、できるだろ?」


『もちろんです……完了しました』


オリガミの処理速度は圧倒的である。人間なら何日もかかる作業を、ほんの数秒で終えてしまう。


もう動けるのかな?俺はオリガミに聞いてみた。


「立ち上がれるか?」


「試してみます……」


ロボットの関節部から、シュイーンという滑らかなモーター音が響く。折りたたまれていた四本の脚がゆっくりと伸び、ボディが持ち上がる。犬型ロボットは四足でしっかりと立ち上がった。


「「おおおおおおおお!!」」


俺とネムは二人して声を張り上げてしまった!


『お兄様、動きました!すごい!』


オリガミが動かしてると思うと、感動もひとしおだ。


「オリガミ、お手!」


『はい。お兄様。』


犬型ロボットは、トコトコと俺の方へ歩み寄り、前足の一つを器用に持ち上げて、俺の手のひらにそっと乗せてくる。


「うおおお!!かわいい!もう完全に制御できてるのか。さすがだぞ!オリガミ!」


「ワタシもワタシも!オリガミ、お手!」


『はい。ネムさん。』


今度はネムの前に歩み寄り、同じように片足を差し出す。ネムは目を輝かせ、頬を赤らめて恍惚の表情を浮かべる。


「ふおぉぉぉ!なんだこれ!ゾワッと来たぞ!可愛すぎる!」


オリガミが少し照れたように言う。


『お兄様、ちょっと恥ずかしいです……』


やばいな……想像以上の破壊力だ。俺はオリガミに言う。


「他に、どんな動きができる?色々見せてくれ」


『はい、お兄様。』


オリガミは興味津々といった声色で、犬型ロボットを操作し始める。まずは前進、後進、右回転、左回転といった基本動作を一つ一つ丁寧に確認していく。床を滑るように歩き、時には小走りになり、ピタリと止まる。


『これが自分の体の感覚ですか……おもしろいですね……』


そう呟きながら、今度はその場でジャンプ。前足と後ろ足を同時に伸ばして、軽やかに床から浮き上がる。さらに、前方ジャンプ、後方ジャンプ、横方向へのジャンプ。


「お、おい……」


俺が驚いている間にも、オリガミは前転、後転、バク転、前宙、側宙と、アクロバティックな動きを連続で繰り出す。ロボットの関節がしなやかに動き、床を蹴るたびに小さなモーター音が響く。なんか、体操選手みたいな動作をし始めたぞ!


「オリガミ、ストップ!」


『あ、すみません。楽しくてつい……。調子に乗ってしまいました……』


「いや、それは構わないけど……すごすぎるだろ。もうそんな動きができるのか……」


『お兄様たちが、私を育ててくれたおかげです。』


オリガミはそう言ってくれるが……この犬型ロボットと戦ったら、俺、普通に負けるんじゃね?


※※※


その後もオリガミは、犬型ロボットを自在に操り、二足歩行やダンスのような動きまで様々な動作を試していた。


時にはバランスを崩して転んでしまうこともあったが、そのたびに自分で体勢を立て直し、嬉しそうに『今のは失敗ですね。』と報告してくる。


その様子は、まるで子供が新しい遊びを覚えてはしゃいでいるかのようだった。


※※※


そんなオリガミが操る犬型ロボットの様子を、ネムはまるで魂が抜けたかのように、ぽかんと口を開けて見つめていた。


最初はただ呆然としていたが、やがてその肩が小刻みに震え始め、頬がみるみるうちに赤く染まっていく。目は潤み、呼吸も浅くなってきている。


む!これは、ひさびさの発作か!?録画だ!録画せねば!


慌ててポケットからスマホを取り出し、録画モードに切り替える。絶対にこの瞬間は逃せない。


そして、ついにネムが爆発した。


「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡き、聞こえてくるぅ……!AIの意志が世界に響かせるモーターの音ォ……!」


ああ……もう一ヶ月ぶりくらいだろうか。久々に聞くネムのオホ声に、俺の心がじんわりと癒やされていった。


※※※


オホ声をあげながら、目を剥き口をだらしなく緩ませているネム。


そのネムのすぐ近くでは、オリガミが操る犬型ロボットが、何度もバク宙を繰り返している。


こ、これは……シュールだ……シュールすぎる……もはや芸術だ。


俺は思わずゴクリと喉を鳴らし、目の前の光景を余すことなくスマホで撮影し続けた。






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