人喰い少女さんは禁欲中~大好きな聖女との約束で、外道で鬼畜な冒険者だけ喰らっていたら、勧善懲悪に貢献してしまった。
久我悠真
一章 殺して、食べて、恋をして。
第1話 可憐な少女がひとり。
サイコキラーな冒険者が、25秒前まで同僚だった『もの』に覆いかぶさっている。
その『もの』とは先ほどまでは将来有望な、新入りの女冒険者だったわけだ。残念ながらいまや死人であり、あげくその殺人犯に犯されているわけだが。
ライラはそれらを眺めていた。汎用スキル《遠見》を用いて、遠距離(6キロ)の先から。誰にも気づかれずに観察しつつ、素朴に思う。
(なにが嬉しくて殺してから犯すんだろう? 生きているときに犯してから殺すのが、正当な手順というものでは?)
しかし、だ。自分にだって、かつては調理する前に、生の人肉を食らったことがあるではないか。
そんな、はしたない過去の一場面を思い出し、ライラは頬を赤らめた。ちょっぴり恥じたのだ。
ライラ。
彼女の容姿は、15歳くらいのあどけなさの残る少女。濃緑色の瞳、透き通るような白い肌、華奢な肢体、腰のところまで流れる亜麻色の髪。
そう、彼女を見て、誰も思わないだろう。人間ではないとは。それどころか
いずれにせよ、とライラは考える。
あの冒険者は極悪人だ、と。
鬼畜で、外道。人の道から外れた冒険者。〈白銀〉ランク。名は、トマス・ゴイル。32歳。
言葉巧みに新人の若い女性冒険者と組み、経験を積むためと、初心者向けのクエストへと連れ出す。ダシに使われるのは決まってゴブリンの討伐。あとはゴブリンが出没していると騙し、人けのない場所に向かう
そして目撃者の心配がない森林地帯の中で、獲物の女冒険者に襲いかかる。まずは装備武器の長剣で刺し殺す。
それから当人の好みなのだろう、死体から子宮をえぐり出してから、死姦する。
最後の仕上げとして、それらの犯行をゴブリンに擦り付ける。
ライラとしては、こんな杜撰な手口に、これまで誰ひとり気づかなかったことに驚く。
おかげで、こうして餌食にできるわけだ、が。
もちろん贅沢を言えば、こんな小物は好みではないわけだ。
だがいまは、人々から≪絶滅喰い≫という二つ名で恐れられた、討伐難易度:天災級として暴れていたころとは違うのだ。
いまはセーラとの約束がある。この約束を守ることで、ライラは帰るべき場所を守ることができるのだ。
それはそれとして。セーラとの約束を守るため、人肉の摂取量ががくんと減ってから、気づいたことがある。
どんなお肉が美味しいのか?
答えは、より邪悪で、より強力で、より狡猾。そんな冒険者の人肉こそが、美味である。ライラの舌を悦ばせることができるのだ。
とはいえ──空腹こそが、最高のスパイスともいう。ここのところ、獲物を狩れずにいたので、腹ぺこだ。
だからいまこのとき──森林地帯のなかでも抜きんでた大樹の頂点、そこに軽やかに立ちながら、トマスの悪行を《遠視》スキルで目撃している。
「さてと、トマスくん。これは現行犯というやつだ。言い逃れはできないね」
セーラとの約束。
喰べてよい人肉は、法で裁けぬ『生きる価値のない外道な冒険者』に限る。
ただの『悪い人間』ではなく、『悪い冒険者』というのがミソ。
スキルや魔法といった【
冒険者だけが、魔物を討伐する力を持つ。ゆえにひとつの国の法で裁けないのはわからなくはない。
しかし、ライラの旧友──性格破綻した吸血姫いわく、冒険者たちのサイコパス率は、非冒険者の254倍だとか。
もちろん冒険者協会にも、人道にもとる冒険者を裁く自浄作用はある。が、それが間に合っていないのが現状。見過ごされている外道な冒険者たちが、どれほどいることか。
となると、これはボランティアではないのか。ライラが腹を満たすことで、『冒険者』の膿が取り除かれるのだから。
(やぁ。わたしって、いいやつ)
自画自賛しながら、ライラは跳んだ。
セーラと運命的に出会うまで、何万もの人間を喰い殺してきたことは、うっかり忘れて。
青天を切り裂くように弧を描き、死姦で忙しいトマスの少し背後に着地する。さて、〈白銀〉ランクは冒険者ランクの中間。
一般的には、それなりにやる実力。
ライラはとくに気配を殺さなかった。なので欲情に溺れているトマスもさすがに察知し、さっと振り返ってきた。
ライラは呆れて、
「あー、これこれ、その『お粗末なもの』をちゃぁんとズボンにしまいなさいよ」
「おまえ、どこから──」
だがトマスが動揺したのは一瞬だった。愛用の長剣を抜き放ち、現れたのが目の前の少女だけだと確認するまで。
この亜麻色の髪の少女──ライラだけだ、と。
そして固唾を飲む。足元に転がっている、死姦していた女がいきなりゴミに思えてくる。それほどに、この新たな現れた少女は可憐で、美しい。
トマスは思う。あぁ殺したい。そして、思う存分にその死体を犯したい、と。綺麗に子宮をえぐりだしてから。なぜならうっかり妊娠させては困るからだ。
一方、ライラはしばし慎重になる。というのも相手が想定より、あまりに雑魚すぎるので、手加減を間違えると台無しになるから。
トマスという人体を粉砕させてしまってはまずい。地面を転がった肉片などは、不衛生で食べる気にならない。
このライラのためらいを、トマスは自分に都合よく解釈する。すなわち、この少女は自分のことを恐れている、と。
「さぁ、大人しくしろ。悪いようにはしないから、ほら」
トマスはじりじりと間合いをつめてから、一気に斬りかかる。
ライラは人体粉砕しない加減の難しさを考えつつ、最小限の動きでかわす。実のところ、こんな斬撃、たとえ当たっても肉体にはかすり傷ひとつ負わないのだ。ただし衣服は切れてしまうので、それだとセーラに怒られる。
斬撃を躱され、トマスはいくらか意外に思う。それでも決定的な勘違いは解かれず、事実は見えていない。
すなわち、目の前にいる少女が圧倒的に格上、という事実は。
「少しはできるようだな? だが残念だったな。おれは、そんじょそこらの冒険者じゃねぇ。メデューサを討伐したこともある、一流の冒険者なのさ。それが、おまえの運のつきだ」
「はぁ」
ライラにとっては、メデューサも、じめじめしたところで見かけるムカデも同列なので、このトマスがなにを得意げに語っているのか、いまいち分からない。いや知識としては、わかる。メデューサの討伐難度がそこそこに高いことは。
(あのキモイ魔物がねぇ。どうにも、冒険者というのは、低次元のところで生きているらしいよ)
ただこれは公平ではない。ライラは魔物の中でも、あまりに規格外なのだから。
「いまから出すのはなぁ、おれの必殺の一撃──メデューサの首も撥ねた、スキルだぜ。その名も、《風斬》! 風の刃のごとき斬撃は躱すことなどできねぇぜ」
ライラは右頬をかいて、つぶやいた。
「まぁ、難しく考えなくていっか」
「死ねぇぇ! 《風斬》!!」
トマス自慢の風の刃のごとき斬撃──を、ライラは軽く右の拳でたたいて、消滅させる。
さらに目にも留まらぬ速度で、トマスの四肢を付け根から引きちぎる。
胴体だけとなったトマスは地面を転がった。
「え……? え……?」
トマスが混乱するのも無理はない。一瞬前までは必殺の一撃でこの少女を殺し、その穢れのしらぬ身体を堪能するはずだったのに。いまやダルマとなり、身動きもできない。
ライラはトマスを見下ろして、
「かつての私は偏食家でね。仲間うちにも呆れられていたよ。ハラミ。つまり、君たちの横隔膜しか食べなかったからね。ただいまは違うよ。いまは、ちゃんとぜんぶ頂くさ」
ライラは淡々として、義務のように説明を続ける。
「まずは君を逆さづりにして頸動脈を切り裂いて、しばし放置。血抜きにはこれが一番。すっかり体内の血を出してから、君を解体するわけ。あぁぁ、人体、人肉。素敵だね。
腰肉はきめ細かく柔らかい、おなかの肉は濃厚で、背中の肉はこくがある。妹は肝臓は栄養素が豊富だからって好きだったね。大腸は歯ごたえがある──もちろん食べるのは洗浄魔法を使ってからだよ。太ももはかぶりつきがいがあるし、舌はこりこりしているし、脳みそは甘いからデザートにいいんだよ。
けどね、ここだけの話。私は横隔膜を抜かせば、君たちの眼球が好きさ。飴玉のように舌の上で転がすのが、大好きなのさ」
ようやくトマスは理解した。自分がなにと対峙していたのか。その詳細な正体まではわからないにしても、それがどんな『怪物』だったのかは。
だがもう遅いのだ。すべては後の祭り。
「や……やめ……てくれ……た……たのむ……殺さな……いで……死にたくない……し……しにたくな……い」
ライラは呆れて首を振る。なぜ人間は命乞いなどするのだろう。無駄なのに。命乞いするところまで追い詰められた時点で、その人生は詰んでいるというのに。
「考えてみたことある? 君が、なぜ生まれ、これまで精いっぱいに生きてきたのか。君の生存理由だよ。もしかして、欲望のままに生きるためとか思ってた? 違う、違う」
涙と鼻水で汚れたトマスの顔を、ライラは笑顔でのぞきこんだ。
「この私に、おいしく食べられるためじゃぁない? ねぇ?」
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