第4話

歩く男 第四話「光の中心」


 陽斗の意識は、宙に浮いていた。


 足元には、まるで町の設計図のように道路や川、建物が網のように広がっている。

 その中心――町役場の裏手、小さな児童公園がある一角――そこに、白く渦巻く光の穴があった。


 「……あそこに、何があるの?」


 陽斗が問うと、歩く男は短く答えた。


 「始まりだ」


 陽斗が気づくと、彼は再び歩き始めていた。

 宙に描かれた光の道を、ただ、前へ前へと。

 そして一歩ごとに、町の景色が、古くなっていった。


 白黒のテレビ、空襲警報、馬車、草葺き屋根。

 どこまでも過去へ、過去へと戻っていく。


 「この町は、繰り返されている。忘れられるために、何度も」


 男の声は、どこか遠くから響いていた。


 「何が…あったの? あの“中心”で」


 男は振り向かなかった。ただ一言。


 「災いだよ。封じられた。……君のような者に、見られるのを待っていた」


 次の瞬間、陽斗の身体が下へ、ぐんと引き戻された。


 眼を開けると、児童公園のブランコの下で倒れていた。

 朝日が差し込み、町のスピーカーから流れる6時のチャイムが鳴っていた。


 夢じゃなかった。


 起き上がると、ポケットの中に、小さなメモ用紙があった。

 それは町の地図で、“公園の砂場”が赤く丸で囲まれていた。



 放課後。陽斗は一人で、再び公園を訪れた。

 誰もいない時間帯を見計らって、砂場に立つ。

 小さなスコップを取り出し、掘り始めた。


 5分。10分。硬いものに当たった。


 それは、金属製の蓋だった。

 取っ手もなく、完全に埋められていたが、明らかに人工物。


 そのとき、陽斗の背後で、声がした。


 「そこを開けてはならないよ」


 振り返ると、そこには――

 小森商店の老婦人が立っていた。


 「あなた、見ちゃったのね。歩く人の中にある“記憶”を」


 陽斗は手を止めなかった。


 「……真実を見ないと、また誰かが消える。町も、人も、時間ごと、何もかも」


 老婦人は静かにため息をついた。


 「なら、覚悟しなさい。この町は、見られることを嫌うわ」


 陽斗が蓋を開けようと力を込めた瞬間――


 空が震えた。


 風が逆流し、電線が唸りを上げた。

 公園の遊具がガタガタと音を立て、砂が舞い上がった。


 そして――蓋の下から、黒い“手”が伸びてきた。

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