歩く男
GEMA
第1話
歩く男 第一話「北風の町」
その男が町に現れたのは、十一月の終わりだった。
北風が畑の枯れ草をかき乱す頃、錆びた県道沿いの歩道を、誰にも気づかれないように歩いていた。
身長は百七十そこそこ、年齢は四十代半ばか。くたびれたコートに、傷んだトレッキングシューズ。背中には、明らかに年代物の登山リュック。
だが、彼の歩き方はただ者ではなかった。まっすぐ、一定の速度で、黙々と、まるで歩くこと以外に目的などないかのように。
最初に気づいたのは、町の雑貨屋「小森商店」の老婦人だった。
「朝の五時に、うちの前を通ったんですよ。東から。でね、その日の夕方五時にも、今度は西から……同じ男が通ったんです。まるで町をぐるりと一周したみたいに」
不審に思った町民たちが、翌日から様子を見始めた。
すると彼は、毎日、同じ時間に町を通り抜けていくのだ。
朝は東から西へ。夕方は西から東へ。風の向きに合わせるかのように。
彼は誰とも話さなかった。
店に入ることもなく、食事をとっている姿も、休憩している姿もなかった。
それなのに、日に日に顔に疲労の色も見えず、ただ“歩く”だけ。
町にざわめきが起こり始めたのは、五日目の朝だった。
中学生の陽斗が、男のあとをこっそり尾けていった。
その日、陽斗は帰ってこなかった。
陽斗の母親が泣きながら警察に連絡し、町内は騒然となった。
そして夜の九時をまわったころ、警官隊が町はずれの神社裏の林で、陽斗を見つけた。
膝を抱えて、木の根元で座っていた。目は見開かれ、何かを凝視していたという。
「……あの人、地面に足、ついてなかった」
陽斗がぽつりと呟いたのを、母親だけが聞いていた。
男は翌朝も、いつものように歩いていた。
まるで何もなかったように。何も持ち去らなかったように
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