第7話 距離を取るのは優しさじゃない




「――明日からさ、登校、別々にしよっか」


 放課後、校門を出てすぐのところで、咲良が唐突にそう言った。


 足が止まった。

 その声には笑いも照れもなかった。ただ、真っ直ぐで、静かで。


「……え?」


「ちょっとだけ、距離置いた方がいいかなって思って。いろいろ、ごちゃごちゃしてるし」


「“ごちゃごちゃ”って、俺、なんかした?」


「そういうのじゃない。……ただ、少しだけひとりになりたいの」


 怒ってるわけでも、嫌ってるわけでもない。

 でもその穏やかさが、逆に突き放されたように感じた。


 それでも俺は、感情でぶつかるのをやめた。


「……わかった」


 無理に追いすがるより、彼女の言葉を受け止めるほうが、今の俺には正しいと思えたから。


 だけど——怖かった。

 このまま、本当に“終わる”かもしれないって予感が、ずっと胸の奥で警鐘を鳴らしていた。




 ******



 


 次の日。


 咲良はいなかった。

 家を出て、通学路を歩いて、角を曲がっても、あの“いつもの後ろ姿”はどこにもなかった。


 当然だ。自分で了承してしまったのだから。


 でも、あまりにも空気が違った。

 たった1人いないだけで、こんなに世界が変わるのかと、歩きながら思った。


 通学路の右側、咲良がいつも歩く位置。

 誰もいないのに、無意識にスペースを空けて歩いていた自分が、少し情けなかった。


 教室に入っても、咲良はいつも通り席に座っていた。

 ノートを読みながら、落ち着いた顔をしている。

 でも俺が来ても、目を上げることはなかった。


(……本気で、距離を置こうとしてるんだな)


 目に見えない一枚の壁。

 手を伸ばせば届く距離にいても、越えられない距離が確かにあった。




 ******



 

 昼休み。


 席に座って、弁当の包みを広げようとしたが、無意識に咲良の方を見てしまった。

 彼女は女子のグループに囲まれて、笑いながら話していた。


 でも、こっちには一度も目を向けなかった。


 わざとだってことは、すぐにわかった。


(……気づいてるのに、気づかないふりか)


 今までは、ゲームだった。

 ふざけてたし、笑ってたし、軽口も言えた。


 でも、もうそれだけじゃ済まない。

“好き”は本気の感情で、それをお互いに自覚してしまった今——

 黙っているだけで、相手を傷つける。


 そういう段階まで来てるってことだ。


 俺は弁当を閉じて、無言のまま立ち上がった。

 食欲なんて、なかった。






 ******



 


 放課後。


 靴を履いていると、竹中が横に来た。


「……咲良ちゃん、先に帰ったぞ」


「ああ、見てた」


「で、話したのか?」


「まだだ」


「……お前さ」


 竹中が珍しく真面目な顔をして、俺のほうをじっと見た。


「言っとくけど、“言わないまま守ろうとする優しさ”って、場合によっちゃ最悪の裏切りになるぞ」


「……それ、どっかで聞いたことあるセリフか?」


「アニメだ。けどな、今のお前にはちょうどいい」


 こいつ、普段ふざけたことしか言わないくせに、たまに妙に刺さることを言う。


 でも、俺はもう決めてる。


「わかってる。言うよ。ちゃんと、俺の言葉で」


 言葉にした瞬間、自分の中でひとつ踏み込んだ感覚があった。


 怖い? そりゃ怖い。

 でも、怖さから逃げるのが一番ダサいってことも、今ならちゃんとわかる。


 その夜、スマホを握りながら咲良の名前をタップする。

 メールの文の入力画面を開いて、指が止まる。


「明日、少しだけ時間もらっていいか。話したいことがある」


 そう打って、しばらく画面を見つめたあと、そっと送信を押した。


 もう、逃げない。

 明日、咲良にちゃんと話す。


“好き”って言葉を。

 この関係を、次に進めるために。


 ゲームじゃない。勝ち負けでもない。


 これは、俺の本気の気持ちだ。

 

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