#19 協力要請

「説明を続けますね」

 箕方みかたさんはまた眼鏡クイッ。

「日本時間で今朝、八月九日午前六時ちょうどに国連にて共同声明が出されました。この国連総会は異例で初めてのリモート開催だそうです」

 国連という言葉から「国家を超えた全地球的プロジェクト」という表現を再び思い出す。

「一つ。ジェノランの登場は人類に対する挑戦または試練だととらえること」

 挑戦と試練で迷っているあたり、これだけのことをしてきた存在に対して下に見ようとしている連中が居るんだ、という驚きを覚えたが、黙ってうなずいた。

「一つ。全人類は協力してこの難局を乗り切るが、それぞれの地域に出現したジェノランについては原則、その地域を治める国が主導で攻略を進めること」

 これか。これが「攻略」という姿勢を定めたのか。しかも「原則」なんて逃げ道のある言葉まで使って。

「一つ。情報共有は各国より国連に対して行い、国連から全世界に向けて発信すること」

 国連へ非加盟の国はどうするんだろう。今後そこにジェノランが出現したらどうするんだろう。

「一つ。ジェノランの攻略が完了するまで世界の全ての地域にて、人類同士の戦闘行為を停止することを要請する」

 初めて明るい、というかまともな声明が出た、と感じた。

 でも「要請」という言葉には弱さを感じる。従わないとこは従わないんだろうな、なんて昨今のニュースを見ていたらそう思わざるを得ない。

「一つ。これらの声明内容は、状況に応じて更新される。皆さん、ともに手を取り合いましょう。助け合いましょう」

 聞いててモヤモヤはしたが、最初のジェノラン出現から24時間経たずに全世界からとして出された共同声明としては、その速さを考慮するとこんなものなのかもしれない。

「以上となります。では次に現時点でわかっている情報の共有をしたいと思いますが……休憩を挟みますか?」

「いえ、続けてください」

 と答えた直後、自分が今、全然疲れていないのはもしかしてpotentiaポテンティアが上昇しているからなのかも、と思った。しんたいあたりの。

「では続けます。ジェノランからの距離64m圏内の聖域サンクチュアリウムですが、ジェノランに一度でも入った人は原則この聖域サンクチュアリウム内に留まるよう国から要請が出ています。これは我が日本以外でも同様の要請が出ているようです。不自由な思いをさせてしまうかもしれませんが、これはあなたがたを守るためだとご理解いただき、ご協力いただけるとありがたいです」

 守る?

「守られないといけないこと、というのがあるのですか?」

「はい。一つは入塔者イスカーチェリ、これはジェノランに入ったことのある人の総称になりますが、入塔者イスカーチェリを殺害しようと考える人が少なくとも存在する、という理由です」

 殺害――人類揃って頑張りましょうって国連が音頭をとっているこんな状況で?

「インドでは、入塔者イスカーチェリの大半が貧しい人たちでした。potentiaポテンティアvisウィースを手に入れたその方々は、その力を使ってインド政府に対して何らかの要求を行い、その結果、警察や軍隊が出動する大きな騒動に発展し、一部の人々がテロリストとして殺されたそうです」

 貧しい人たちの要求、そしてテロリストとしての殺害。本当にテロリストだったのだろうか。

 そんなの発表している側のさじ加減でどうとでも言えるんじゃないかというのが第一印象。

 もしも俺が「攻略なんてやめてジェノランの中の人たちと仲良くしようよ」と訴えた場合、最悪のケースとして俺が「テロリスト」として殺害され、そういう発表がされる可能性もあるってことか?

 非常事態を理由に国が国民の自由を奪う――ちょっと前の感染症でも同じことが起きたけど、歴史の授業で習った戦時中の日本の様子と重なって、とても息苦しい。

「もう一つは、アメリカで起きた悲しい事故がきっかけです。アメリカでの最初の入塔者イスカーチェリは多くの疾患を抱える老婦人でした。彼女はジェノランに入った際、心臓ペースメーカーと人工股関節とを失い、たまたま居合わせた他の入塔者イスカーチェリに助けられて脱出できはしましたが、混乱のせいで救急車が近寄れず、亡くなりました。その後、アメリカの九番目の入塔者イスカーチェリが突如新たにvisウィースに目覚め、visウィースが個に対して与えられる力ではなく、生存する入塔者イスカーチェリの八人目までに与えられる力だと推測されました。インドや他の国における死亡状況からもその推測は間違っていないだろうとされています」

 そういうことか。

 visウィース欲しさに、自分より先の入塔者イスカーチェリを殺そうと――不意に背筋が寒くなる。

 今はまだ個人レベルの話だけど、場合によっちゃジェノランの出現していない国が、出現した国を、なんて話もあり得なくないのでは、なんて。

 内部で生態系の観察をしていたときは全く恐怖を感じなかったジェノランに関して、初めて恐怖を感じた。

 正確には、そういうものが出現しただけで簡単に殺し合いを考える人類に対してだけど。

「これらのことから、力を手に入れた入塔者イスカーチェリに対して恐怖を覚えて過剰な排除をしようとしたり、またvisウィース目当てで入塔者イスカーチェリを殺害しようと目論む者がゼロではないという状況です」

 酷いな。

「また、これは決して他の人に話さないで欲しいのですが、入塔者イスカーチェリ聖域サンクチュアリウムの外では、visウィースpotentiaポテンティアを失う、という実験結果も明らかになっています。なので双方が守られるために、入塔者イスカーチェリ聖域サンクチュアリウムから出てはいけない、と、現在ではそう対応しているのです」

 つまり、もしも逃げなければならないような事態になったら、ジェノランの中の方が安全だってことか。

「ショックを受けられるのもわかります。ただ本当に、安全のための措置だということをご理解ください」

 当事者となったことで発生した危険や不利益を、まだ頭の中で整理しきれずに反芻しているところへ、砂峰すなみねさんがマッチョポーズで一言発した。

「だから色んな意味で体を鍛えるのが大事ってこと」

 ああ、そうだよね。自衛のためには強くなるしかないのか。さっき経験値って言ってた人たちも、そういう背景があって、必死に強くなろうとしてたのかも――いや、やっぱりダメだった。その考えは肯定できない。

 地球人同士の醜い争いのためにジェノランの中の命を奪ってるだなんて。

「もし国館川くにたちかわ詩真しまさんがよければなんだけど、探索部隊に参加してもらうってのは可能かな?」

 また別のマッチョポーズ――場を和ませようとしてくれているのかもしれないが、自分より恐らく十歳くらいは年上っぽい砂峰さんのこの空気の読めなさにうんざりする。

 ジェノランの中の命を奪ったことを嬉々として雑談できる探索部隊に、俺が?

 それに最悪、ジェノランの中でなら、テロリストにされなかったとしても「事故」で死ぬことだってあるよね?

「考えさせてください」

 心情的には拒否一択なのだが、国への反抗心と受け取られたくはないのでいったんは回答を保留した。

 それに協力する姿勢を見せておいて、殺される前に逃げるって選択肢もあるかもだし。逃げきれるかどうかは別として。

 ただやっぱり幼い頃からずっと感じていたこの現実の人間社会のクソさ加減に再び辟易へきえきしているのは確か。

 ジェノランの中の幸せに満ちた日々がもう懐かしい。




### 簡易人物紹介 ###


国館川くにたちかわ 詩真しま

主人公。ジェノランの調査に夢中。ファーストキスは同性の異世界人。visウィースは暫定的に『異世界通訳』とされた。


箕方みかたさん

すらっとした長身で眼光鋭い眼鏡美人の三等陸曹。色々教えてくれる。砂峰すなみねへの扱いが冷たい。


砂峰すなみねさん

マッチョなお兄さん。陸上自衛隊のカレーに誇りを持っている。マッチョポージングなしには喋れないのかもしれない。

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