#12 ハイイロ

詩真しま!」

 ハイイロがニヤニヤしながら俺の小屋へと入ってきた。

 すぐに分かった。こいつ、あれだけ無用の長物だと笑ってたフンドシを着けてやがると。

「似合うだろ?」

 四本の腕で、履いてますよアピールする。

「安心のフィット感だろ?」

「そうじゃない。ハイイロ、気付いたんだ」

「何に?」

 俺が言うのもなんだが、ハイイロは変わり者。

 ヨツデグレイさんの若者たちの中で最も好奇心が強く、俺と一番仲良しで、そして唯一、口での発声に興味を持って実践しているのがハイイロだ。

 こいつだけは俺を「えーっと」ではなく本名で呼び、「グレイ」という言葉の日本語訳である「灰色」を自分の名前として名乗ったりしている。

 グレイが外来語由来でカタカナ化しているなら、自分の名前も「灰色」ではなく「ハイイロ」がいいと自分で言い出したあたり、日本語への理解の深さがうかがえる。

「服を着た状態を常態とすることで、服を着ない状態が異常事態となる」

 こいつ、面倒くさい表現を使いやがって。

 ヨツデグレイさんたちは、交信という能力を持っているため、言葉を教える際、俺がその言葉に対して持っている言語外イメージまで含めてまるっとそのまま受け取って学習できる。

 なので学習スピードがバカ早い。

 「壁」の内側こっちの時間の流れで昼と夜が三十回ほど入れ替わった期間で、このレベルの会話が可能になっている。

 そうそう。「壁」の内側こっちの一日は、どう考えても地球の一日より長い。感覚的に、1.5倍くらい?

 となると地球時間に換算すると1080分――18時間くらい経過しているどんぶり勘定となる。

「で、結局、何が言いたい?」

 ハイイロがもってまわった言い方するときは、だいたいその次の言葉を用意しているとき。

「脱いだときにエロを感じたいがために、普段わざわざ服を着ることを考えた地球人って、エロの天才だなって」

 しかし辞書とかないのによくもまあこんなにしっかり細かなニュアンスまで、とはいつも思う。

 ハイイロのやつ、そもそも服が急所を隠したり守ったり、防寒目的があって始まった経緯まで理解したうえでこの言い草だからな。

 あくまでも俺の知識の範囲内から得た単語だけで、いつも俺を驚かせてくれる。

 控えめにいって無茶苦茶面白い。

 でも、間違っちゃいない、か。

「エロが地球人の文明を発達させたと言っても過言ではないからな」

 二人でフフッと笑ってこの一連のやり取りはいったん終了。なんかそういう暗黙のルールが俺たち二人の間にできていた。

 なんせ一緒に過ごした時間が濃かったからな。

 「壁」の中こっちの時間で三十日前。

 しづさんを送ってから戻ってきた日、ヨツデグレイさんたちは快く俺を受け入れてくれた。

 実はこの集落は、妊婦さんがあのイエノキのドームを使用する間、血縁のある一族総出で近くに越してきているものらしい。

 だから特に若い人たちは暇を持て余していたようで。

 俺の家作りまで手伝ってくれた。

 ちなみに家は現地のものを使って作り、また立ち去るときには解体して自然へと還すのだとか。

 最先端エコ。

 で、その作り方を教えてくれたのがハイイロだった。

 まず最初にシラカバモドキの剥がれた樹皮やヒモツタ、地面に落ちている長めの丈夫そうな枝などを採ってくる。

 三本の枝を互いに支え合うように立て、三本が重なる部分をヒモツタで縛る。なんだったら一本は立ち木をそのまま使ってもいい。

 次に三面あるうちの二面にヒモツタを絡みつけ、そこにシラカバモドキの樹皮を引っ掛ける。

 あとは地面の上に、真っ白い羽毛みたいに柔らかいクッションシダ(仮称)を敷き詰め、これを床として完成。

 ただ注意しなきゃいけないのは、このクッションシダの生存力がとても強いこと。

 寝床として使ったあと、採ってきた所へ戻すだけで元の根と繋がるくらい強い。

 この上で寝ている間は交信で『仮死状態』を送っておかないと自分の皮膚に根付いちゃうみたい。

 超危険。

 この『仮死状態』ってやつ、クッションシダに『お前は今、種なんだぞ』と暗示をかけている、というのが一番近いっぽい。

 植物が自身に適した生育環境が整うまで種のままで何年も過ごすというのは地球でもよくあるが、どうやらこのクッションシダもその類いのようだ。

 でもまあ大事なのはそこじゃなく、寝ている間も交信ってとこだが。

 ハイイロに言わせると「交信を使おうって身構えるから大変なんだよ。歩こうって考えなくとも歩き続けることはできるだろ?」だと。

 ということで、交信を継続し続けるところからスタートした。

 あ、もちろん俺が寝ながら交信できるようになるまではハイイロが一緒に寝てくれた。

 無意識下の交信使用には、まずは自分の体内で微弱な電気信号がどのように発せられているかを観察するところから始めた。

 体を動かしてみたり、感情を思い出してみたり、様々な状況での体や脳やもっとミクロの細胞レベルでの信号を、細かく気にしたり、逆にマクロでアバウトにとらえてみたり。

 最初はただただ疲れるだけだったけれど、次第に把握できるようになり、今では一人で寝られるくらいにまでマスターした。

 そこまで成長してからハイイロの言った言葉を俺は忘れない。

「バカかよ。一人でも大丈夫になるまで鍛えるなんて。俺たちがなんで家族皆で寝てるか知ってるか? 夜がほんのり肌寒いからじゃないぞ。何人も居たら、誰かが深く寝ちゃっても誰か一人くらいは交信し続けられるからだよ」

 早く言ってよ。

 でもまあこんな感じで、ハイイロは兄弟か悪友かってくらいに一緒につるんでくれた。

 一緒にやらないのはツレションくらいかな。

 ヨツデグレイさんたちは、摂取したエネルギーを無駄なく利用できるため、排泄をしない。

 交信で自分の体にアクセスしてコントロールできると、怪我の治癒も早いし、体調を崩してもある程度は薬いらずで、体温や脈拍まで状況に合わせて整えることができる――俺も、かなりそのレベルに近づけた。

 この交信能力、姉貴の雷を見た直後はいつもみたいに凹みかけたけど、ちゃんと向き合ってみれば強すぎないからこそできることの奥行きがとんでもないことに気づけた。

 例えばさ、見つけたんだよね。漠然とイメージで交信をとらえると、異なる生物感の細かな肉体構造にも囚われなくなることとか。

 俺の『尿意』をハイイロに交信で送ったら、膀胱とか無いくせにやたらとモジモジして面白かった――こういうイタズラを互いに仕掛けあって、それで交信や意思疎通にも慣れていったってのはあるかも。

「詩真」

「なんだ?」

「帰りたいって思ってないか?」

 ハイイロが急に真面目な表情を見せた。




### 簡易人物紹介 ###


詩真しま

主人公。「壁」の中あちらの調査に夢中。交信能力を手に入れ、鍛えている。


・姉貴

羞恥心<探究心な姉。ご立派。凄まじい雷の力を入手したっぽい。


小馬こうま しづ

母がスーパーで働いていた時代の同僚。アクセサリーを作っている。姉以上にご立派な童顔ゆるふわ女子。二十一歳。


・ヨツデグレイ

いわゆるグレイに似た人型種族。ただし腕は四本。交信能力を持ち、平和的で親切。若い個体は好奇心が旺盛。


・ハイイロ

ヨツデグレイの若者。異邦人、詩真の世話係。日本語への理解と駆使ぶりがハンパない。

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