#3 出遭いは突然に
「壁」が出来たのは、恐らく地球の日本時間で今朝の八時頃。
そんな表現をするのは、
俺は今朝、姉貴が朝練に出かけた音をうっすらと聞きながら目を覚ました。
夏休み中だから俺は高校お休み。父さんはもう仕事に出かけてて、母さんもパートに出かけ、じゃなくって長野の方に旅行中だっけ、とスマホを見た。
七時五十九分。俺もそろそろ起きようかなとノートPCの電源を入れて。
そこで外から幾つかの悲鳴が聞こえて、窓の外を確認しようとした。
すぐ近くの激安スーパーで事件が起きでもしたんだったらヤダなって。
そこのスーパーは母さんがちょっと前にパートしてたし、知り合いも居る。そうじゃなくとも日頃お世話になっているし――と窓に近づいたそのときだった。目の前に突然「壁」が現れたのは。
なにこれ?
全く何もわからなかったからこそ俺はそれに気軽に触れた、というか窓を開けようと伸ばした手が勢い余って触れて、指が吸い込まれた。
指ばかりか手首も、腕も吸い込まれてゆく、ように見えた。
「壁」じゃなく幻覚? それとも俺はまだ寝ぼけているのか?
その勢いのまま、いつもならサッシに触れるくらいの距離まで踏み込んでしまって、バランスを崩した。
踏み込んだ右足の、足の裏に何も感触がなかったから。
「壁」に見えるこれは幻覚とかじゃなく「何もない空間」なのか、なんてつんのめりながら思考を巡らせ、そのまま「壁」の中へと落ちた。
真っ暗で呼吸も出来なくて必死にもがいて足をバタつかせて、そしたら視界が開けて目の前に何本も枝が見えて、慌てて手を伸ばして、一本の太めの枝をなんとか右手でつかむことができた。
体が大きくスイングする。空中ブランコみたいに。
この手は決して離すまいと右手を強く握りしめ、左手も添えようとした直後、そのつかんでいた枝が折れて俺の体は宙を舞った。
「ギョムッ」
そんな音が聞こえた。
俺の尻の下から。
恐る恐る覗いてみると、俺は大きな箱型の四角いものの上に乗っていた。
色は明るい水色で、触感はやや柔らかめのゴム長靴。イルカの背中にも似ている。
見上げて見つけた折れた枝の高さからすると、これがクッション代わりに受け止めてくれたのか?
やけに黄色い短い雑草がそこかしこに生えた地面へと降り、それを横から眺めた。
一メートル四方の立方体。ゴムでできた椅子、というわけじゃないな。底部の四隅に付いた脚のようなものが震えたから。
西洋の足付きバスタブの足みたいなやつが――跳んだ! 俺から離れた。
カエルみたいな足の伸ばし方だったが、跳ぶのは四本足で同時にだった。
着地も四本同時で、その勢いでまた跳んで、その繰り返し。
始めて見る生き物!
正直テンション上がってた。
ここがどこなのかはわからないものの、生物としては明らかに新種。
できればもっと観察したい欲が出たところで、その好奇心を邪魔するようにノイズが飛び込んできた。
静電気っぽい小さな衝撃。
よく見れば俺の周囲に小さな黄色いトカゲっぽいのがたくさん居る。
黄色と言えば警戒色だが、付近の雑草が原色に近い黄色だし、単に保護色になっているだけかも?
つーか
黄色い体の両側面には緑色のジグザグなラインが入っている。フォルム的にはヒョウモントカゲモドキっぽくて可愛い。
いやいや、待て待て! こいつら六本足じゃないか!
マジか! ほんとどこだよここ!
また静電気。今度は何度か。
そして気付いた。静電気の直後には必ず特定の感情が湧く。
『感謝』と『喜び』の中間くらいの。
「もしかしてこれって、お前らのコミュニケーション手段なのか?」
思わず話しかてしまった自分の痛さは理解している。
でも。
反応したやつがいた。一匹が俺の体を器用によじのぼり、右手の甲の上へするりと乗った。
そしてノドをフコフコ膨らまし、その直後に静電気。
『仲間』
そんな感じの感情というか思考が俺の中に閃く。
「……会話……なのか?」
再び『仲間』がピリッと飛んできた。
すっげぇ!
これ、コミュニケーション出来てるよな?
あまりの出来事に背筋がゾクリと震えた。喜びと興奮とで。
良くないことだろうけど、そのときはもう警戒心が消えていた。
『仲間』
つぶらな瞳が可愛い。あと、静電気の直後に首をかしげるのは反則。
また静電気。今度伝わってきたのは『喜び』という感覚。純粋な喜びだけのやつ。
はい。コミュニケーション認定。これは間違いないだろう――ん?
俺の方は声に出していないのに、こいつは読み取れたってのか? テレパシーかっ?
『仲間』
ノドのフコフコとした動きを見ていると、送るときだけ使っているわけじゃないかも、と感じた。
電気で受信というと、鮫の鼻先にあるロレンチーニ器官を思い出す。
珍しい動物には詳しいつもりだったけど、さっきのゴムガエル(仮称)にせよこのデンキトカゲ(仮称)にせよ、新種発見なんてレベルじゃなく、もう体の根本的な構造自体が地球の既存生物と全く違う。
すげぇすげぇすげぇ! クッソ物凄ぇ!
アドレナリンが湧く――あっ、もしかして脳内物質か?
ツボが脳内物質を分泌させるって話を聞いたことがある。「足三里」のツボを押すと迷走神経から副腎に働きかけてドーパミンが分泌され、結果的に免疫機能が向上するって話を。
だとしたら静電気による刺激で、相手の脳に特定の脳内物質を分泌させて感情を伝えている、とか?
「お前らすげーよ!」
仕組みはあくまで想像の域を出ないが、そういう体の作りのみならず、彼らがコミュニケーションできるだけの知能を持っていることについても、この出遭いには感謝しかない。
「ありがとうな!」
口に出さずにはいられない――そのときだった。俺から、手の甲に居る子へと、小さな静電気みたいなのが走ったのを感じたのは。
いやちょっと待て。俺じゃなきゃ見逃してたぞ。
今ってさ、俺の方から静電気を発してなかったか?
えっ、まさか俺のノドも?
慌てて自分のノドボトケに触れるが特にフコフコしてる様子はなさげ。
ホッとしたのと感動と好奇心と喜びとがごちゃ混ぜになったそこへ、別の感情が飛び込んできた。
『助けて』
### 簡易人物紹介 ###
・
主人公。姉と珠のいつものムーヴに辟易し、
・姉貴
羞恥心<探究心な姉。ご立派。凄まじい雷の力を入手したっぽい。
・
元幼馴染。話が通じない。すぐに変態呼ばわりしてくる。視界を奪う黒い玉を作れるようになったっぽい。
・眼鏡さん
姉貴の学校の人っぽい。良識も考察力もありそう。
・デンキトカゲ(仮称)
静電気を介してコミュニケーションを取っているっぽい六足トカゲ。知能が高そう。偶然助けたことで懐かれたっぽい?
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