第十一章:再起動前夜

燃えるような橙と深紅のグラデーションが、空一面に滲んでいた。


校舎の影が長く伸びるなか、私はひとり、昇降口を出た。

もう一度、掲示板の貼り紙を確かめる。


  《再接続まで、残り6日》


昨日よりも数字がひとつ減っている。

まるで、何かの歯車が“じり……”と音を立てて進んだかのようだった。

カウントダウンは進んでいた。——“再起動”という名の、静かな処刑台しょけいだいへ向けて。


……これは“誰か”が、私にだけ向けて残している警告なのだろうか。


それとも、単なる偶然?

いいえ、偶然など、もう信じられない。


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夜、自室。


私はノートを開いた。

前日、自分で書いたはずの文字はそのまま残っていた。


  《ここに私がいたことを、誰かが知ってくれるように》


——まだ、消されていない。

それが唯一の救いだった。


私はページの余白に、新しい一行を書き足す。


《再接続とは何か? 過去ごと“消去”されるのではないか?》


私の推測が正しければ——

この「再接続」という言葉が意味するのは、単なる再起動ではなく、“沙耶という存在の記録”のリセットだ。


つまり、“もう一度最初からやり直す”ということ。

前回までの沙耶をすべて消し去り、改めて「新しい人格」を構築する処理。

それは、もう一度「自分ではない誰か」として生き直すことを意味する。


私は、背筋をぞわりと冷たいものが這い上がるのを感じた。


——再接続される前に、何かしなければ。


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翌朝、登校前。


スマートフォンの時計は、正確に6:59を示していた。

だが、通学路の電光掲示板に表示されている時間は、6:02だった。


「……ずれてる?」


何気なく気づいたその違和感は、時間だけにとどまらなかった。


見慣れた通学路の街並み。

けれど、昨日まであったはずの本屋の看板が、なぜか変わっている。

かつての古びた文字は消え、眩しいロゴが街に馴染んでいた。

店の前には「開店祝いの花」が飾られ、まるで今日が新装開店日であるかのようだった。


——そんなはず、ない。


私はここを何度も通っている。

昨日だって通った。

けれど、記憶の中にあった風景と、今ここにある景色が一致しない。


これは、「再接続」に向けて周囲の環境が“段階的に初期化”されている証なのでは?


私は小走りで学校へ向かった。


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昼休み、図書室。


自然科学の棚。

以前“空白に書かれたもの”があった場所には、やはり何もなかった。


ただし、代わりに——


棚の隙間に、一枚の小さな紙片が挟まっていた。


  《観察は“第3フェーズ”に移行しました》


その文字は、手書きではなく、まるで公式通知のように冷たい印字いんじだった。


“観察”——私のことだ。

“第3フェーズ”——つまり、“最終段階”。


仮想空間の運営側が、私の反応を観察しながら再接続の準備を進めている。


もう時間がない。


私はノートに、新たにこう書いた。


  《必要なのは、“観察される立場”から抜け出すこと》


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帰宅後、私は最後の決意を胸に刻んだ。


このままでは、自分は“書き換えられる”。

“沙耶”という存在は、また新しい人格の土台として上書きされる。


……それだけは、絶対に、受け入れられない。

“沙耶”という存在が、このまま上書きされるくらいなら——私は、自らの手で“記録される側”になることを選びたい。


私は、もう一度、あの古本屋へ向かうと決めた。

あの店には、この世界の「観測」から漏れた何かがあった。

観察される存在ではなく、「選ぶ者」として行動するために。


次に目覚めるとき、私はまだ“私”でいられるだろうか?

けれどそれを問う時間さえ、あとわずかしか残されていない。


——“再起動前夜”。この夜だけは、私自身の意思で選べる夜だ。

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