第4話 彼からのお願い

「アネットさん、ラヴェル様とどのようなお話をなさっていましたの?」


 休み時間なり、私の席までやってきたサラさんが興味津津といった様子で私に尋ねてきた。


「ラヴェル様ですか?」


「ええ、そうです。レオンス・ラヴェル様ですわ。アネットさんがラヴェル様とお知り合いだったなんて知りませんでしたわ」


 いつもはおっとりした話し方をするサラさんが、今日は何となく強めで棘のある話し方をしているような気がする。


「ええっと、私もお会いしたばかりの方なのですが、あの方はペンダントを拾って届けて下さいましたの。お名前も先ほど知ったばかりですわ」


「そうだったのですね。私たちの学年の1組の方々は他学年の方々より少ないですし、その中で婚約者のいない方なんて数えるくらいではありませんか。2年生はハズレ年って言われてますのに、そんな中でラヴェル様とお知り合いになられるなんてすごいと思っていましたの」


 彼には婚約者がいるのだろうか?私は恐る恐るサラさんに尋ねてみる。


「……あの、ラヴェル様に婚約者はいらっしゃるのでしょうか?」


「あら、ご存知ではありませんのね。2年生の1組で婚約者がいらっしゃらないのはラヴェル様の他は侯爵家と伯爵家のご令息の3名ですのよ。ラヴェル様は嫡男ですから密かにお近づきになりたいと思っている令嬢は何人もいらっしゃいますの」


 私はレオンス様に婚約者がいない事を内心で嬉しく思うと同時に、サラさんが1組の男子生徒についてやけに詳しい事に驚いてしまった。


 私はどちらのご令息が1組の生徒かも知らないのに、サラさんは令息たちの顔も名前も知っているようだった。そういえばサラさんは時々ふらっと昼休みにいなくなる時や、下校時も用事があると私を先に帰す日があるのだが、もしかしたら1組の教室の方へ行っているのかもしれない。


 学園では高位貴族と低位貴族があまり関わらないように授業が組まれていたり、教室の配置等にも配慮しているので、1組の教室の方へはあまり行かない方がいいと思っていたのだが、そう思わない生徒は一部だが存在している。


学園からは低位貴族の生徒が高位貴族の生徒と関わってはいけないとは言われていないし、そのような校則や決まりは無い。食堂や図書室は共有で、廊下や階段の使用にも規制は無いので、低位貴族の一部の女生徒は敢えて1組の教室前の廊下で昼休みを過ごしたり、放課後に1組の教室の前で立っている生徒がいるのだった。


 彼女たちの目的は教室から出てくる高位貴族令息の姿をただ間近で見るだけの生徒もいれば、上手く立ち回ってお近づきになろうとする等、目的は様々なようだ。


 それに社交界では出来ない、自ら高位貴族に近づくような事も学園の中では許されているから、家によっては学園生のうちに高位貴族と繋がりを持てと言われて、本人の意思ではなくても親から命じられてやらされている事もあるようだ。


 そしてそれを分かった上で、廊下にいる女生徒に声を掛ける高位貴族の令息もいるらしい。


 彼らがどのようなやり取りをしているの私には分からないが、学園に婚約者が在籍していない高位貴族の令息と低位貴族の令嬢が食堂で一緒にいたり、仲睦まじく並んで歩く姿は時々見かける。


 そういった事を過度にしてしまうと高位貴族の女生徒から注意を受けたり、すれ違いざまに嫌味を言われる事もあるので、そのような事をしているのは本当に一部の“肉食系”と影で呼ばれている生徒だけだった。


 同学年の廊下では目立つので、それを避けて他学年の高位貴族のクラスの前で立っている令嬢もいるらしく、そういった令嬢は“隠れ肉食系”と呼ばれていた。


 私は1組の教室の前にはほとんど行かないし、1組の教室前の廊下にいる女生徒を2組の教室の前から遠目に見かける程度なので他人事のように思っていたのだが、彼女たちの間にはネットワークがあり、学年を超えて婚約者のいない高位貴族令息の情報や、婚約者と仲が悪かったり、年齢が離れている高位貴族令息の情報を共有しているらしいのは学年のほとんどの生徒が知っていた。


 表立っては何も言わなくても、彼女たちの褒められない行動は私たち低位貴族の令嬢たちの間でも評判が悪かった。




 ◆◆◆




昼休みになり、今日は外でお弁当を食べようと思って教室を出たところで何と私の教室の前にレオンス様が立っていた。


 1組のクラスは授業時間が終わるのが私たちよりも少しだけ早い。なので私たちが教室を出る頃には彼らは私たちよりも早く食堂へ行ってランチを受け取る列に並んでいるし、外にいくつか設置されている東屋も先に彼らが席を取っているので、私はお弁当を持ってきた時はいつも屋根の無いベンチで食事を摂る事が多かった。


 レオンス様は私を見つけると声を掛けてくれた。


「さっき、いつの昼食って話していなかったから来たのだけれど、もし良かったらこれから話さないか?」


 ペンダントを見つけてくれたお礼の事を話した時に彼は昼食を食べながら考えると言っていたので、私はてっきり彼が一人で考えるのだと思っていた。なので一緒に昼食を食べるなんて思いもよらない事だった。


「は、はい。……サラさん、今日はごめんなさい」


「……ええ、どうぞ」


 私は慌ててサラさんに謝ったのだが、サラさんの顔には何の感情も浮かんでいなかった。


「じゃあ行こうか、俺は何も持ってきていないから食堂でテイクアウトしてもいい?」


 そう言ってレオンス様は食堂の方へ歩いて行く。私は彼に続くように半歩後ろを歩く。


 彼の身長は高いとは言えないが低いという程でもない。肩幅はあるので骨太なのかもしれない。クセの無い茶色の髪は長くもなければ短くもない。後ろ姿だけ見れば彼は“普通”なのかもしれない。けれども私には彼の全てが光を放つように輝いて特別に思えてしまう。


 昨日の夕方まで私は彼の存在を知らなかった。けれども今は違う。あっという間に出会い、今の私の中では彼の存在ががとても大きい。こんなに簡単に変わってしまっていいのだろうか?


 レオンス様が食堂でサンドイッチをテイクアウトした後、私たちは適当な木陰を見つけて腰を下ろすことにした。座る前にレオンス様が自分のハンカチを私の為に敷いてくれて、自分は草の上に直接座る。誰かに、まして男性にそんなことをされたのは初めてだったので私はレオンス様のハンカチを汚してしまう事に申し訳なさを感じつつも座らせてもらった。


「その、お礼?の話なのだけれど、来月は母の誕生日なんだ。毎年プレゼントを贈っているのだけれど代わり映えがしないものばかりだから、今年はフォール嬢に相談に乗ってもらっていつもと違うものを贈りたいんだ」


「いつもはどのようなものを贈っていらっしゃいますの?」


「ハンカチを贈る事が多いな。……いや、毎年ハンカチを贈っていた」


「ハンカチの他は何か贈られまして?」


「小さな頃に詩の朗読を贈った事がある」


「他には?」


「……ハンカチ、だな」


「ふふふ、お気持ちが籠っていらっしゃるのでしたら、お母様はきっとお喜びになられていらっしゃいますわ。けれども、今年はハンカチではないものをお贈りになられてお母様を驚かせるのもよろしいかもしれませんわね」


「だけれど宝石類は父が贈っているし、俺では大したものが買えないから悩んだ末にハンカチになってしまうんだ」


 お母様のためにプレゼントを悩むレオンス様を私は想像して彼がかわいいと思ってしまう。もしも彼に何かしらのプレゼントが貰えたら、私は舞い上がってしまうだろう。花一輪でも彼が選んでくれたと思うだけできっと幸せな気持ちになれる。


 レオンス様にお母様のお話を聞いているうちに、彼のお母様はお茶がお好きで、色々な種類のお茶やブレンドしたお茶をいくつもお持ちになられている事を知る事ができた。なので私は今年はハンカチとお茶をプレゼントするのはどうかと提案してみる。


「ハンカチは毎年プレゼントをしているからいいのではないか?」


「いいえ、もしかしたら楽しみにしていらっしゃるかもしれませんわ。ですから今年はハンカチにちょっとしたものをプラスするのです。お母様のご様子を見て来年はハンカチをお贈りするのを止めるのか、またハンカチに何かをプラスするのかを決められたらいかがでしょう?」


「なるほど、それは良いアイデアだな」


 レオンス様は眼鏡の奥で、ラピスラズリのように美しい青い瞳を輝かせた。


 レオンス様のそんな表情を私はまぶしく感じながら、バスケットに入れて持ってきたサンドイッチを食べる。


「フォール嬢、図々しいと思うかもしれないが、ペンダントのお礼をもう一つお願いしてもいいだろうか?」


 私をじっと見つめる彼にドキドキしながら、私は彼のお願い事ならば何でも聞いてあげたいと思ってしまう。


「ええ、私で出来る事でしたら構いませんわ。どのような事ですの?」


「俺はお茶は出されたものを飲むだけで紅茶の味というものはこれまで考えた事は無かったんだ。日程はキミの都合に合わせるから、良かったら今度紅茶を買いに行くのに付き合ったほしい。それとハンカチも一緒に選んでもらえると嬉しい」


 レオンス様は少し照れているのか、恥ずかしそうにそう言う。私はそんなレオンス様がかわいらしいと思えてしまうと同時にレオンス様の素敵な提案に胸を高鳴らせてしまう。


 私はレオンス様とまた一緒に過ごせる約束が出来た事が嬉しくてつい口が軽くなってしまい、自分の成績が学年で真ん中程度だと言う事も話してしまった。話した後に口が滑ってしまったと思ったのだが、何と放課後の図書室でレオンス様に勉強を教えてもらえる事になってしまったのだった。


 1組の生徒は上位の貴族ばかりなので成績優秀者も多いし、授業内容も私たちのクラスよりも難易度が高いらしい。私はこれまで学年の成績順にはあまり興味を持っていなかったので、張り出された成績表も1位から5位あたりまでしか見ていなかったので知らなかったのだが、レオンス様は学年で10位以内をいつもキープしているそうだ。眼鏡男子は見かけだけでは無かった。


 思いがけずレオンス様と楽しく昼食の時間を過ごす事が出来た上にこれからもレオンス様と会える事に舞い上がった気持ちのまま教室に戻ったのだが、自分のクラスに戻ったらサラさんが口をきいてくれなくなっていた

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